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趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

Zに乗じて何でも言わせて~機動戦士Zガンダム鑑賞日記パート3~

Posted by ふざけおに on   0 comments   1 trackback

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上の記事、23日の続きです。
まだまだいくらでもZ感想書けますが、劇場版シリーズはまだ続くので、ゆっくりまた色々考察を楽しみたいと思います。そろそろ気持ちをSWモードに切り替えないといけないという事情もあって(バカ)
ここから以下、どーでもいいようなことです。とりとめない文章につき合う気がある人だけどうぞ(^^)

○パンフレット
ストーリー紹介   自分の名の響きが女っぽい妄想に囚われていた→×
キャラクター紹介  カミーユという女っぽい名前にコンプレックスを持っており→○
妄想というのはあり得ないことを確信してしまう医学的な病気の状態なので(笑)。

○妹を思う兄
エマカミーユシャアレコアがそろったシーンでシャアについて「地球に降りた妹さんを思う優しいシャア」という話をここでする意図は何だろうと、面白いなと思いました。
色々考えられたんですが、今ひとつ自分の中で決定打に欠けるので、機会があったらこれについてまた言及したいなと思います。

○ギャグ
富野アニメはいかなるシリアスシーン続きの連続でもユーモアサービスが入るのが絶妙です。
「大尉におしりをさわられてたの」というレコアの機転の利いたジョークに思わず、やりそうだ!!と笑いました。
はね回るハロに翻弄するクルーも良いです。

○ガンダム台本はハウマッチ?!
数年前、鵜飼るみ子さんが、TV東京の「何でも鑑定団」に自分のサイン入りのガンダム台本を鑑定してもらってるのを見たのですが、、、
全然ガンダムの価値をわかってない鑑定人に腹が立ちました。
ガンダムマニアなら、ネットオークションにかけたら全財産投げうってでもフラウのサイン入りの台本を高く買うに決まってると思いました(笑)。

○タイムリーな話題(若貴騒動)
どんどん話は脱線して参ります(^^;)ほとんど誇大妄想気味だな→自分。もうZに乗じて何でも言わせてって気分です(おい)
カミーユは、両親が立派な人物であるエマに対し、どうしようもない親を持った子供は辛いのだと八つ当たりしますが、、、それはそうだと認めつつ私は最近違うことも感じています。
乗り越えることが可能なほど親が俗人だということは、子供にとって親からの自立=親への幻想からの脱却ができて良い面もあるのかもしれないって。
くしくもZ公開の時、先代貴ノ花が逝去し、若貴兄弟の確執が取りざたされましたが、あれは父であり親方であった貴ノ花があまりに偉大なため、子供が父を否定し反抗できなかったひずみから、兄弟が互いの才能に嫉妬し反発しあい、偉大な父の愛を奪い合っているように見えるのです。
貴りえ問題の時は私は世間と違い貴乃花にずるさを感じましたが、今回の騒動ではやっぱり世間と違い、若乃花にずるさを感じ貴乃花に言いたいだけ言わせてやれと思います。離縁した母親を味方につけた世渡りの巧さを若乃花に感じますが、弟を父のように大きな気持ち
で愛しているなら、黙って弟に自分を越えさせたらいいんです。なぜ兄は、相撲界を引退した今、まだ弟に勝とうとするんでしょう。
弟は父の後継者であり、視野が狭く一途だけれど、相撲界では大横綱なんです。
実力の劣る兄は人気で自分の存在意義を確立して来ましたが、弟は人気が相撲界を支える重要な部分である世間を兄が乗っ取ることに脅威を抱くから反発するのでは?また世間的に人格者と思われてる兄の欠点(例えば愛人問題)を弟は見逃せないのかも。これは親父に対する息子の反発心に近いのかもしれないです。
この兄弟の不幸は、父が立派過ぎる人だったことなのかもしれないです。もし父が凡人なら父に反発して二人は大人になったのだろうなと思うと、案外駄目な親を持つことが、子供にとっての自立の戦いは易いのかもしれない。批判できない親を持った子は、失敗を親のせいにできないから辛いんだ。親の悪口を言えない子供も辛いんだよ。<カミーユ
アムロは、狂った父を自分の安全しか考えない母に失望し、でもそれを人として客観的に受け止め、哀れに思えたから思春期を卒業できたのでしょう。

○ガンダムのみそぎ
Z劇場版は公開規模に対し、大ヒットらしいです(^^)。
SEEDやガンダムエース等の効果もあるでしょうが、ワイドショーネタに詳しい主婦の感覚で捉えると、個人的にはカルトブームが去って、ガンダムが世間的にみそぎを終えたからってのも一因にありそうな気がします。主婦的にはオウムや統一教会問題がワイドショーをにぎわせている頃、教祖の空中浮揚を連想させる超能力ものを見る気にならなかったもので(苦笑)。
実はターンA見たとき、これは「ガンダム」とつけない方が、一般人に見てもらえただろうなって直感的に思ったのですが、やっぱりガンダムは特殊なSFマニアのもの好戦的なもの超能力を信じる若者を増やしカルトに走らせそうなもの、というイメージが自分の中で抵抗になっていると私は感じてました。気軽に子供と見るものではないという印象が数年前まで確かにありました。
一方、去年「銀河英雄伝説」を読んだ時、非常に面白かったのですが、あれ?これってガンダム(NT)のカルト臭に対するアンチテーゼから入った宇宙戦争もの、スペースファンタジーだなという気がしたものです。その異様に宗教を否定してる感じが無神論者の私から見ても、人の思想や価値観を語る上でそれを全てネガティブにしてしまったら、そりゃあさすがにバランスを欠いてしまってるように思えました。だいたい物理学者ほど神の定めた法則を信じているものですから(笑、アインシュタインしかり)。けれど、銀河英雄伝説をカルトが問題になった時代に読めば、印象がまた違ったかもしれないです。銀英伝を読んだことで私は、いわば90年代初頭のカルト問題のトラウマはもはや自分にはないことに気付いたんです。
これは個人的な感覚ですが、SWのジェダイを素直に捉えるにはオリエンタルな宗教観自然観をすんなり受け入れないと娯楽として楽しめないのと同じ程度に、ガンダムに対してもラフな気持ちで向き合えたタイミングに、ちょうどガンダムエースが発売になったのでした。
今回、Zを2回目見に行った劇場では、やはり初日と同じく小さい子を連れた親子連れが、ガンダムを見に来ている光景(母子連れもいました!!)が見られ、これはSWや仮面ライダー並にガンダムがライトな層のSF娯楽として広く認知されている証拠だと思うんです。
かつては女性の皮膚感覚的に危険なイメージを匂わせたZではありますが、そこに込められた人類への願いを読みとれれば十分ポピュラーな作品になりうると、今回のZ第一部で確かな手応えを感じたのでした。

○第2次世界大戦後の文芸
ルーカス監督、富野監督は同年代と思われますが、第2次世界大戦を経験した作家の根底にある脅威は、じわじわと気付かぬ間に自由も人間性も奪われるファシズムなのではないかと思います。松谷みよ子の「私のアンネフランク」は、「鬼の目玉を手渡したとたんあたりは真っ暗になりただただ荒野が広がった」という青森の民話から、ドイツ国民がナチスに陶酔した現象を「鬼の目玉を鬼に手渡した」と喩えた小説ですが、SWのEP2はまさにそういう話でした。
今月たまたま新たなる希望EP4につながる「EP3」とティターンズが暴走するZ公開時期が重なったので、余計共通点として感じるのですが・・・
石ノ森氏も手塚氏も第2次大戦の悲劇を知るから独裁は悪で、その独裁を生む社会の隙を作っているのは自分たちなのだと、未来を担う青少年に警鐘を鳴らし続けていたのかもしれません。もはや独裁の脅威を知らない今の世代にとって、それが際だった危機と感じられるかどうかわかりませんし、それらの作品から違う部分を読みとって面白さを見いだすのかもしれませんがね。。。。
むしさんからやっとZがわかったと感激のお電話頂きましたが、Zはティターンズによる宇宙独裁への抵抗運動から端を発した物語なのです。宇宙移民はNTというエリートだと掲げたザビ家と反対に、今度は連邦軍の一部に(元々地球住民にはあった意識ですが)スペースノイドを差別し、地球出身者はエリートだという意識が宇宙移民弾圧を正当化させています。この辺はやっぱり第2次大戦の影響がある物語だと私は思うのですが、、、
地球政府では管理できなくなった宇宙の人類を誰がどう統治するのか、歴史を振り返ると戦争がなければ世界は成熟しない、戦争という悲劇がなければ人は平和を祈りもしないし、独裁を恐れもしない。宇宙世紀になって歴史の浅い人類は刻の涙を流さなければ、戦争を互いに制御し牽制しあう世界へとなかなか移行しないのだと暗澹たる気持ちでZを見てた記憶がありますが。。。劇場版Zガンダムでは、結末にカミーユの心の救済のみならず、何らかの形で人類の希望となる道筋を見せてくれる展開になるといいなと思っています
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