オビワンVSアナキン〜SW・EP3「シスの復讐」ピンポイント感想1〜
以下ネタバレありです。
○博愛VS自己愛
「I LOVED YOU!」というオビワンに対し、「I HATE YOU!」というアナキン。映画でこのやりとり観た時、やっぱり二人の愛の種類が違うなと思いました。
オビワンの愛は執着の少ない博愛の延長で淡泊だが表裏のない無償の「愛」そのものなのに、アナキンの愛はオビワンのそれよりケタ外れに深く、こんなにあなたを「特別」に愛したのに、あなたは相応の「特別」な愛を返してくれないという負の念をも含む、「愛憎」に思えました。
アナキンの愛は激しく情熱的なのですが、常に相反する負の感情が伴い、ひとたびバランスが狂うと憎しみに飲まれてしまう種類のもので、オビワンの愛に負=闇はなく、アナキンには闇があるんです。
○利他的行為VS利己的行為 〜 陰のある者はヒーローになれるが、ジェダイにはなれない。〜
冒頭のオビワン救出のために命令に背いても全力をかけるアナキン。
ジェダイは完全に滅私で利他的行為で人助けをしているのですが、アナキンの場合はそうではないとわかります。
オビワンを守るのも、パルパティーンをメイスから庇ったのも、妻を死なせたくないのも根っこは同じで、大切な人がいなくなってしまったら、「自分」が辛いから。その人を救えなかったら「自分」が無力感を味わい苦しむから。人助けをするのはジェダイとしての有能だという自分のプライドのためという感じで、常に自分が傷つかないために彼は人助けをしてるように見えます。
たいがいそれは英雄気質と讃えられるわけですし、それが人間らしさなのですが、ジェダイとは喩え自分の愛する者と失っても、心乱さず多くの人と平和のために滅私で奉公しないといけないようです。
陰のあるヒーローはジェダイになれないとでもいうか、アナキンは心の傷を既に持ってしまっているため、愛する者に執着を抱かない生き方ができないタイプだから、自分と自分の愛する特定の人のために生きる生き方を(ハンソロ程度の公共心で)していれば幸せなのに、最強のジェダイになりたいという地位への欲求も捨てられないから破綻して行くんだろうとなんとなく予想はしてました。
○エゴイズムの代償
結局アナキンはジェダイの教義の滅私で善意をなす生き方に馴染まず、自己愛に生きた結果、我執がアナキンを破滅させたのかもしれません。
オビワンは、特定の人に執着せず、身近な人も見知らぬ人も同じように平等に大切に思う生き方、仮に特別に愛する人を喪失しても自分の悲しみを乗り越え、他の愛する対象を見いだして前に進めるのでしょう。無我の境地を保つのが偉大なジェダイであるというのはよくわかります。
もちろんオビワンは博愛と言っても、アナキンを「弟のように」愛していたと言ってるので、博愛よりは特別な愛をアナキンに注いでいたのかもしれません。でも弟子が、「悪」に変わってしまった以上アナキンは死んだのだと、かつては愛していたが今は愛していない、と割り切る強さがあるんです。(パドメやルークは悪に変わっても愛し続けてしまう。)
アナキンは喪失の悲しみに耐えられない弱い自分を恐れるから、高い能力をフル活用して喪失を回避しようとする。。。。けれど、いつかは人生は喪失の繰り返しだという限界を認め、それを乗り越えないと、、、、若さゆえにそれができないための悲劇でした。
ジェダイの禅のような思想や光と闇の関係がそんなによくわからない立場で言うと、人としてアナキンが妻子を救おうとした思いは尊いし、名も知らない他人のためとか大儀や信条よりも、身内を救おうとすることも別にそれは問題ないと思うんです。ジェダイとしては失格かもしれませんが。
だから現実にこういう事件が起きた際、アナキンが妻子とジェダイの教義で妻子を選んだのは○、妻子を救おうとシスに転向したのもありで○、シスに忠誠を誓い反対勢力であるジェダイ撲滅のクーデターを起こしたのもまあ、性急な若者らしいかなで△、ここまでは善ではないが完全な悪とも言えず、なんとなく人間の業としてありそうだと理解はできるんです。
でも、罪のない子供のパダワンまでも殺害したのは×、彼が父親なら自分の子供がもし殺されたらどんなに辛いかを全く考えてないエゴイズムで、人の道を大きく外れています。
他の人より自分の子供を優先に救おうとするまでは肉親の情であり悪ではないですが、我が子を生かす引き替えに罪もない他の子を殺したら悪だと思います。
また抑圧してきた暴力性を解放し、殺戮に酔ってる段階で彼の最大の長所であった人間らしさは全くなくなり完全なる「悪」に転落してるわけです。
だから愛する者全てを失い、暴力に心酔した手足を切られてその身を業火で焼かれるのも自業自得という結末に納得しました。
アナキンが無償の愛を捧げる対象は「家族」なので、それは人として素晴らしいことだし、愛する人の喪失を受容できなくて苦悩するのも極めて人間らしいので、ここまでは悪いとは思えないのですが、、、。
他人の血を代償に人の道を外れてたら、仮に命を救われても愛する人は絶対に幸せにはなれないこと、その人は生きようとはしないだろうことをどうして思い及ばないのか。それは妻子への愛ではなく自分のことしか愛していないエゴイズムだと気付かない、アナキンは愚かだと思いました。

○博愛VS自己愛
「I LOVED YOU!」というオビワンに対し、「I HATE YOU!」というアナキン。映画でこのやりとり観た時、やっぱり二人の愛の種類が違うなと思いました。
オビワンの愛は執着の少ない博愛の延長で淡泊だが表裏のない無償の「愛」そのものなのに、アナキンの愛はオビワンのそれよりケタ外れに深く、こんなにあなたを「特別」に愛したのに、あなたは相応の「特別」な愛を返してくれないという負の念をも含む、「愛憎」に思えました。
アナキンの愛は激しく情熱的なのですが、常に相反する負の感情が伴い、ひとたびバランスが狂うと憎しみに飲まれてしまう種類のもので、オビワンの愛に負=闇はなく、アナキンには闇があるんです。
○利他的行為VS利己的行為 〜 陰のある者はヒーローになれるが、ジェダイにはなれない。〜
冒頭のオビワン救出のために命令に背いても全力をかけるアナキン。
ジェダイは完全に滅私で利他的行為で人助けをしているのですが、アナキンの場合はそうではないとわかります。
オビワンを守るのも、パルパティーンをメイスから庇ったのも、妻を死なせたくないのも根っこは同じで、大切な人がいなくなってしまったら、「自分」が辛いから。その人を救えなかったら「自分」が無力感を味わい苦しむから。人助けをするのはジェダイとしての有能だという自分のプライドのためという感じで、常に自分が傷つかないために彼は人助けをしてるように見えます。
たいがいそれは英雄気質と讃えられるわけですし、それが人間らしさなのですが、ジェダイとは喩え自分の愛する者と失っても、心乱さず多くの人と平和のために滅私で奉公しないといけないようです。
陰のあるヒーローはジェダイになれないとでもいうか、アナキンは心の傷を既に持ってしまっているため、愛する者に執着を抱かない生き方ができないタイプだから、自分と自分の愛する特定の人のために生きる生き方を(ハンソロ程度の公共心で)していれば幸せなのに、最強のジェダイになりたいという地位への欲求も捨てられないから破綻して行くんだろうとなんとなく予想はしてました。
○エゴイズムの代償
結局アナキンはジェダイの教義の滅私で善意をなす生き方に馴染まず、自己愛に生きた結果、我執がアナキンを破滅させたのかもしれません。
オビワンは、特定の人に執着せず、身近な人も見知らぬ人も同じように平等に大切に思う生き方、仮に特別に愛する人を喪失しても自分の悲しみを乗り越え、他の愛する対象を見いだして前に進めるのでしょう。無我の境地を保つのが偉大なジェダイであるというのはよくわかります。
もちろんオビワンは博愛と言っても、アナキンを「弟のように」愛していたと言ってるので、博愛よりは特別な愛をアナキンに注いでいたのかもしれません。でも弟子が、「悪」に変わってしまった以上アナキンは死んだのだと、かつては愛していたが今は愛していない、と割り切る強さがあるんです。(パドメやルークは悪に変わっても愛し続けてしまう。)
アナキンは喪失の悲しみに耐えられない弱い自分を恐れるから、高い能力をフル活用して喪失を回避しようとする。。。。けれど、いつかは人生は喪失の繰り返しだという限界を認め、それを乗り越えないと、、、、若さゆえにそれができないための悲劇でした。
ジェダイの禅のような思想や光と闇の関係がそんなによくわからない立場で言うと、人としてアナキンが妻子を救おうとした思いは尊いし、名も知らない他人のためとか大儀や信条よりも、身内を救おうとすることも別にそれは問題ないと思うんです。ジェダイとしては失格かもしれませんが。
だから現実にこういう事件が起きた際、アナキンが妻子とジェダイの教義で妻子を選んだのは○、妻子を救おうとシスに転向したのもありで○、シスに忠誠を誓い反対勢力であるジェダイ撲滅のクーデターを起こしたのもまあ、性急な若者らしいかなで△、ここまでは善ではないが完全な悪とも言えず、なんとなく人間の業としてありそうだと理解はできるんです。
でも、罪のない子供のパダワンまでも殺害したのは×、彼が父親なら自分の子供がもし殺されたらどんなに辛いかを全く考えてないエゴイズムで、人の道を大きく外れています。
他の人より自分の子供を優先に救おうとするまでは肉親の情であり悪ではないですが、我が子を生かす引き替えに罪もない他の子を殺したら悪だと思います。
また抑圧してきた暴力性を解放し、殺戮に酔ってる段階で彼の最大の長所であった人間らしさは全くなくなり完全なる「悪」に転落してるわけです。
だから愛する者全てを失い、暴力に心酔した手足を切られてその身を業火で焼かれるのも自業自得という結末に納得しました。
アナキンが無償の愛を捧げる対象は「家族」なので、それは人として素晴らしいことだし、愛する人の喪失を受容できなくて苦悩するのも極めて人間らしいので、ここまでは悪いとは思えないのですが、、、。
他人の血を代償に人の道を外れてたら、仮に命を救われても愛する人は絶対に幸せにはなれないこと、その人は生きようとはしないだろうことをどうして思い及ばないのか。それは妻子への愛ではなく自分のことしか愛していないエゴイズムだと気付かない、アナキンは愚かだと思いました。

