愛か?正義か? 〜SWEP3「シスの復讐」ピンポイント感想5
○愛と正義
「愛と正義ではどちらを選びますか?」と聞かれたルーカス監督「ベリィハードだね」と笑いながら、しばらく考えて真顔になって「正義だね。正義は一番大事だ。」と答えてたのが印象的です。
これは人間は社会的動物だから、自分さえよければ何をしても良いというエゴを通したり、どんなに苦しくても越えては行けない人としての一線を越えてしまったりしたら、未来は暗いものになるってことだと思うんです。
松谷みよ子が「私のアンネフランク」で、ファシズムへの道を青森の民話を題材に暗喩していました。私の記憶ですが(うろ覚えで違ってたらすみません)、「代々どんなに苦しくてもこれだけは絶対渡してはいけないと言い伝えられる鬼の目玉を、鬼に苛まれ苦しむ若者を助けるために、彼を愛する娘はそれを鬼に渡してしまう。とたんにすべての光が消え、あたりは無数のしゃれこうべが広がった」というものでした。
戦争で疲弊した民衆が強い指導者を求め、パルパティーンに議会の全権を委譲したのも、アナキンがパドメを救うためにシスの力を欲したのも、この話にあてはまるかもしれません。
またアナキンの一生を通し、善良な者も悪になることがあるし、完全な悪人に見える者にも善がある、誰の中にもある善と悪の心を描いている作品だとわかります。
○アナキンの選択〜EP3の選択とEP6の選択〜
でもそもそも愛と正義を切り離して考えるのが不自然だと思うのは、私が無知だからでしょうか?
EP6でアナキンは息子の善を信じる心に促され、自分の中にある悪に勝って善をなしたのはその通りですが、
見ようによっては、アナキンはEP3で、愛か正義かを選べという場面で「愛」を選んでシスに堕落し、EP6では愛か悪かを選べという場面で「愛」を選んでジェダイに帰還したように見えますが(笑)愛は善悪を超越したものに思えたり・・。
というわけでなく、実はポイントは、アナキンはEP3で、妻への愛と自己愛で自己愛を選び、EP6では息子への愛と自己愛(自分の課された呪縛)では息子への愛を選んだのだと思います。
EP3でアナキンは、自分が喪失の悲哀を避けたいエゴから、パドメが自分の命よりも大切だったアナキンと共和国の未来を奪ってしまいます。賢者の贈り物ならぬ、愚者の贈り物のすれ違いで、アナキンはパドメの命を愛したのですが、パドメは自分の命よりアナキンの正義を愛しているのは明白です。パドメは命より大切なものを失ったので死に至り、アナキンも最も愛したものを失います(※)。あそこはどんなに自分が苦しくても辛くても、パドメを愛しているならやってはいけないことをしてしまって、パドメを不幸にしたのだと思います。だからEP3のアナキンは「パドメへの愛」を選んでいないんだと思います。
けれど、絶望にあったEP6では、アナキンは自分を捨て、息子が願っている自分を選んだんです。つまり「自分」を捨てて、息子が信じ、かつてパドメが愛した正義の自分になることで、自分の願いではなく、彼らの願いをかなえることができたんだと思います。
アナキンは自分を捨てられないエゴ=利己的行為で破滅しますが、自己を犠牲にした「愛」=利他的行為を成した時、予言は成就し、彼は晴れて愛する人々の待つフォースに迎え入れられたのだと思いました。
ファウストで言う「時よ!止まれ!お前は美しい」という瞬間なのでしょう。
またむしさんも感想で語ってましたが、実は彼はあの場面で、かつて母を妻を救えなかった呪縛から(愛する人を救えない運命から)、息子を救うことで、やっと解かれた瞬間にも見えました。
EP3は愛か正義という選択より、エゴか愛か、という選択に私は見えたりもします。
○メイス・ウィンドウの執着
アナキンがパドメの死を回避しようとして、彼女を死なせたのですが、アナキンのダークサイド転落も、メイスがアナキンがジェダイオーダーの脅威になることを恐れ、回避しようとしたこともシンクロしてるように思いました。結果と原因がリンクしてるのだと。
せっかくアナキンが議長がシスであることを知り、動揺しながらもジェダイとしての正義を通してメイスに伝えたのに、メイスはアナキンの同行の希望を聞かず、連れて行こうとはしません。アナキンと議長の関係を疑っているから、ひいてはアナキンがジェダイオーダーを破滅させる予感、予言の意味の解釈を誤ったと恐れるからでは?
結果、アナキンのジェダイへの失望をますます増幅させ、議長との対決において、アナキンを袋小路に追い込んだ原因に思えました。
結局、流れが悪い時は、じっと機を待つことは大事で、じたばたして流れを変えようとしないはヨーダとオビワンはさすがです。メイスとアナキンは喪失を恐れるから、流れに逆らった結果、悲劇を大きくしたようにも捉えられますね。
※ここはEP5のヨーダの台詞「お前が救おうとする者の大切なものをなくしてしまう」を想起させられます。「未来を感じる時は気をつけねばならん」という言葉の奧にあるものもすごく見えてきます。
またこの場面でのルークの英雄気質についても、後でまとめたいところですね(^^)。
今日はむしさんと長電話でSW談義、濃かったです(笑)むしさんは落ち込まないで、楽しめたそうです。私ってばやっぱりアナキンが好きなので、客観性が薄いんだーと改めて感じました(汗笑)ここ読んでる方、あまり真に受けないで下さいね(^^;あくまで私の主観ですから。
○ベイダーの荼毘
昨日のTBSでやったEP6、どう見ても「ジェダイの帰還」でした。ラストシーンがヘイデン・クリステンセンでしたから、SWトリロジーのDVDバージョンでした。むしさんも感激したそうですが、私も「復讐」「バージョンだと思ってたんで、思わず感激しました。その後、ヘイデンがインタビューで「アナキンは混乱した若者だ」と語っていたのが印象的です。
ベイダーを荼毘に付すシーン、若い頃旧作で私が一番心打たれたベストシーンです。ルークがタトウィーンで見る夕日のシーンと重なって、私のSWの原風景です。
ちょうどガンダムで、アムロが狂人と化した父親の作った壊れたメカを捨てたシーンで感じた青春を終える感傷と似ています。(ダグラムのクリンと父の関係も好きだった)。父性を喪失し父の人生の悲哀を知って、子供が大人へと成熟する瞬間は、ちょうど二十歳になった私にはとっても身近な心情でした。当時はアナキンの人生がまさかここまでドラマチックだとは思いもしませんでしたが、ルークに感情移入していました。
あの頃の気持ちを思い出し、うるうるしてたら、
うちの旦那ったら、「おいおいベイダーの鉄兜は、薪の火力じゃ焼けないだろう?あ、中身だけ灰になればいのか。」とムード台無しじゃん!!。
「え?あれプラスチックじゃないの?金属なら重いじゃん。」
「あの光沢はどう持てもプラスチックだが、さすがに頭は金属だと思うぞ。」
誰かベイダーのスーツの素材がなんだか知ってる方、教えて下さい。

2号はPS2のゲームやってますが、ゲームのアナキンは議長への愛で転落するという、、、極悪そうな感じがこれまたいいのですが。
息子はオビワンが好きで、アナキンのことボロクソ悪く言うのがなんか気になる母でした(笑)
「愛と正義ではどちらを選びますか?」と聞かれたルーカス監督「ベリィハードだね」と笑いながら、しばらく考えて真顔になって「正義だね。正義は一番大事だ。」と答えてたのが印象的です。
これは人間は社会的動物だから、自分さえよければ何をしても良いというエゴを通したり、どんなに苦しくても越えては行けない人としての一線を越えてしまったりしたら、未来は暗いものになるってことだと思うんです。
松谷みよ子が「私のアンネフランク」で、ファシズムへの道を青森の民話を題材に暗喩していました。私の記憶ですが(うろ覚えで違ってたらすみません)、「代々どんなに苦しくてもこれだけは絶対渡してはいけないと言い伝えられる鬼の目玉を、鬼に苛まれ苦しむ若者を助けるために、彼を愛する娘はそれを鬼に渡してしまう。とたんにすべての光が消え、あたりは無数のしゃれこうべが広がった」というものでした。
戦争で疲弊した民衆が強い指導者を求め、パルパティーンに議会の全権を委譲したのも、アナキンがパドメを救うためにシスの力を欲したのも、この話にあてはまるかもしれません。
またアナキンの一生を通し、善良な者も悪になることがあるし、完全な悪人に見える者にも善がある、誰の中にもある善と悪の心を描いている作品だとわかります。
○アナキンの選択〜EP3の選択とEP6の選択〜
でもそもそも愛と正義を切り離して考えるのが不自然だと思うのは、私が無知だからでしょうか?
EP6でアナキンは息子の善を信じる心に促され、自分の中にある悪に勝って善をなしたのはその通りですが、
見ようによっては、アナキンはEP3で、愛か正義かを選べという場面で「愛」を選んでシスに堕落し、EP6では愛か悪かを選べという場面で「愛」を選んでジェダイに帰還したように見えますが(笑)愛は善悪を超越したものに思えたり・・。
というわけでなく、実はポイントは、アナキンはEP3で、妻への愛と自己愛で自己愛を選び、EP6では息子への愛と自己愛(自分の課された呪縛)では息子への愛を選んだのだと思います。
EP3でアナキンは、自分が喪失の悲哀を避けたいエゴから、パドメが自分の命よりも大切だったアナキンと共和国の未来を奪ってしまいます。賢者の贈り物ならぬ、愚者の贈り物のすれ違いで、アナキンはパドメの命を愛したのですが、パドメは自分の命よりアナキンの正義を愛しているのは明白です。パドメは命より大切なものを失ったので死に至り、アナキンも最も愛したものを失います(※)。あそこはどんなに自分が苦しくても辛くても、パドメを愛しているならやってはいけないことをしてしまって、パドメを不幸にしたのだと思います。だからEP3のアナキンは「パドメへの愛」を選んでいないんだと思います。
けれど、絶望にあったEP6では、アナキンは自分を捨て、息子が願っている自分を選んだんです。つまり「自分」を捨てて、息子が信じ、かつてパドメが愛した正義の自分になることで、自分の願いではなく、彼らの願いをかなえることができたんだと思います。
アナキンは自分を捨てられないエゴ=利己的行為で破滅しますが、自己を犠牲にした「愛」=利他的行為を成した時、予言は成就し、彼は晴れて愛する人々の待つフォースに迎え入れられたのだと思いました。
ファウストで言う「時よ!止まれ!お前は美しい」という瞬間なのでしょう。
またむしさんも感想で語ってましたが、実は彼はあの場面で、かつて母を妻を救えなかった呪縛から(愛する人を救えない運命から)、息子を救うことで、やっと解かれた瞬間にも見えました。
EP3は愛か正義という選択より、エゴか愛か、という選択に私は見えたりもします。
○メイス・ウィンドウの執着
アナキンがパドメの死を回避しようとして、彼女を死なせたのですが、アナキンのダークサイド転落も、メイスがアナキンがジェダイオーダーの脅威になることを恐れ、回避しようとしたこともシンクロしてるように思いました。結果と原因がリンクしてるのだと。
せっかくアナキンが議長がシスであることを知り、動揺しながらもジェダイとしての正義を通してメイスに伝えたのに、メイスはアナキンの同行の希望を聞かず、連れて行こうとはしません。アナキンと議長の関係を疑っているから、ひいてはアナキンがジェダイオーダーを破滅させる予感、予言の意味の解釈を誤ったと恐れるからでは?
結果、アナキンのジェダイへの失望をますます増幅させ、議長との対決において、アナキンを袋小路に追い込んだ原因に思えました。
結局、流れが悪い時は、じっと機を待つことは大事で、じたばたして流れを変えようとしないはヨーダとオビワンはさすがです。メイスとアナキンは喪失を恐れるから、流れに逆らった結果、悲劇を大きくしたようにも捉えられますね。
※ここはEP5のヨーダの台詞「お前が救おうとする者の大切なものをなくしてしまう」を想起させられます。「未来を感じる時は気をつけねばならん」という言葉の奧にあるものもすごく見えてきます。
またこの場面でのルークの英雄気質についても、後でまとめたいところですね(^^)。
今日はむしさんと長電話でSW談義、濃かったです(笑)むしさんは落ち込まないで、楽しめたそうです。私ってばやっぱりアナキンが好きなので、客観性が薄いんだーと改めて感じました(汗笑)ここ読んでる方、あまり真に受けないで下さいね(^^;あくまで私の主観ですから。
○ベイダーの荼毘
昨日のTBSでやったEP6、どう見ても「ジェダイの帰還」でした。ラストシーンがヘイデン・クリステンセンでしたから、SWトリロジーのDVDバージョンでした。むしさんも感激したそうですが、私も「復讐」「バージョンだと思ってたんで、思わず感激しました。その後、ヘイデンがインタビューで「アナキンは混乱した若者だ」と語っていたのが印象的です。
ベイダーを荼毘に付すシーン、若い頃旧作で私が一番心打たれたベストシーンです。ルークがタトウィーンで見る夕日のシーンと重なって、私のSWの原風景です。
ちょうどガンダムで、アムロが狂人と化した父親の作った壊れたメカを捨てたシーンで感じた青春を終える感傷と似ています。(ダグラムのクリンと父の関係も好きだった)。父性を喪失し父の人生の悲哀を知って、子供が大人へと成熟する瞬間は、ちょうど二十歳になった私にはとっても身近な心情でした。当時はアナキンの人生がまさかここまでドラマチックだとは思いもしませんでしたが、ルークに感情移入していました。
あの頃の気持ちを思い出し、うるうるしてたら、
うちの旦那ったら、「おいおいベイダーの鉄兜は、薪の火力じゃ焼けないだろう?あ、中身だけ灰になればいのか。」とムード台無しじゃん!!。
「え?あれプラスチックじゃないの?金属なら重いじゃん。」
「あの光沢はどう持てもプラスチックだが、さすがに頭は金属だと思うぞ。」
誰かベイダーのスーツの素材がなんだか知ってる方、教えて下さい。

2号はPS2のゲームやってますが、ゲームのアナキンは議長への愛で転落するという、、、極悪そうな感じがこれまたいいのですが。
息子はオビワンが好きで、アナキンのことボロクソ悪く言うのがなんか気になる母でした(笑)

