ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

介錯の解釈!?

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

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ダースベイダーとダースモール。
この二人、シディアスのかわいい弟子なんですが、よりによって共にオビ=ワンに倒されました。
さすがオビ=ワンはシスキラー。
一度本編で、オビワンとシディアスを戦わせてみたかったなあ・・・そう思いませんか?<ヨーダ

○介錯の解釈
ネット上で読むEP3の感想で、数件あったのですが、オビワンがアナキンにとどめを刺してやるべきという意見に驚きます。特に介錯すべき、という意見は言葉の意味が変質したのか?と驚きました。

だってあの場面で介錯は成立しないでしょう。介錯とは、切腹した人が死にきれずに苦しむのをふせぐためにやる行為であって、自ら死ぬ意志がない人や自殺を命じられてもいない人にそれを行ったら、介錯ではなく殺人です。(非合法か合法かは別にしても)
自分なら愛しているなら介錯する、という人は、目の前で誰かが瀕死になっていたら、本当にとどめを刺すのでしょうか?その人が知ってる人なら普通、心肺停止してても病院に運ぶのでは?
仮に殺人誘拐犯やテロリストを狙撃したって、その後警察は犯人を病院に運びますよね?相手に攻撃力がないのに、とどめを刺すことは許されてないです。
戦場なら命令で「無慈悲」でも自軍の安全のため、息のある者全て殺すこともあるでしょうが、少なくともジェダイの慈悲や愛は「とどめ」という行為には向かわないと思います。それはとどめを刺す側のエゴだから。
アナキンが「いっそ殺してくれ」と望んだのなら、とどめを刺してあげることは安楽死でしょうが(森鴎外の高瀬舟はそれが主題)、アナキンはオビワンに殺されることを全く望んではいません。
「とどめ」を刺されて、「楽」かどうかは刺される側にしか言えないことで、安楽死を理由に本人の意志を無視して殺すのは、生命倫理に反すると思います。
小説「シスの復讐」では、オビワンは一瞬とどめを刺すのは情けかもしれないと考えてはいますが、それがジェダイとしてではなく、人の道としても正しいかどうか考えればできないことだとわかったと思いたいですね。
敵であっても戦闘力のない人間を殺すのは、ジェダイの慈悲の精神に反するから、オビワンは瀕死のアナキンを見逃したのです。
もちろんアナキンを殺すことを命じられた以上、助けることもジェダイの命令違反です。どんなに辛くても私情を排し、ジェダイとしての義務を果たすオビワンは、だから偉大なんです。

メイキング本では、オビワンが思わずアナキンを救おうと歩み出したが、それはできないことに気づいて、「助けることはできない」とつぶやいて彼は去るという当初のシナリオについて、ユアンと監督が色々論じています。少なくとも「とどめをさすべき」なんて感想が出ることを彼らは全く予想してなさそうです。
よりによって、慈悲の精神を知るお国から「とどめをさして生命を奪うのが愛」という感想が出るとは、お釈迦様、ルーカス様も気づかなかったかも(笑)
一体その発想は、どこから来てるものなのか、、、かけがえのない生命の大切さという観点で、ちょっと欠落したものがあるような感じがします。
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