「ハリーポッターと謎のプリンス」感想
1号が1日半で読み終えた後、私は3日かかってざっと一読終えました。その後、即本はS君ママに持って行きました。すぐ彼女と彼女の娘さんの感想を聞きたかったからです。
なので、本が手元にない中での初発の感想です。
ちなみに前作、ハリーポッターと不死鳥騎士団の感想はこちらに置いてます。
※全体の印象(ネタバレなし)
前作「不死鳥の騎士団」を読み終えるのに1ヶ月かかりましたがが、今作は即読み終えました。前作は終盤まではあっちこっち寄り道とミスリード、ハリーの苛立ちとシンクロして鬱積した気分になって読み進めにくかったのですが、、終盤になって怒濤の展開で一気に悲劇と種明かし、感動とそれまでたまりにたまった分の感情を排泄するカタルシス、そして静かな余韻で終わるという、ジェットコースターに喩えるといらいらするほど登りが長い分、頂点から下るスピードと迫力はすごかったと思います。言い換えれば、「起承転結」の起起・・・・承承承・・・・・転結。物語の王道を行く構成であったと思います。
今作はその点、随所に小さな山場を作って適度に少しずつカタルシスを得られる展開だったので、気分的に楽に読み進められ、陰鬱さをずるずる長くひきずることはなかったです。要所要所にハリーのささやかな幸福を感じることができます。今までに比べダンブルドアと親しく語り合う場面が多いからかもしれません。なので、頂点は低いがたくさん坂のあるジェットコースターという感じで、最後は急激にそれまでにない最も高い悲劇に登り詰め、下ることなく終わるという、、、暗転で結びらしい結びがないまま幕が降りました。
それはシリーズ全体の結末直前であるからです。
また、ダンブルドアを通して、ヴォルデモートの過去と今まで起きた事件の関連を説明、補完、整理する巻でもあり、非常に興味深く読めます。
なので、作品単体の読みやすさと好奇心の満足度では断然今作(プリンス)、感動とカタルシスの大きさでは前作(騎士団)という印象です。
あとサプライズという点で、だいたい作者の展開パターンが読めているし、ここまでの伏線から予想してたせいか、未だ不透明な部分があったり細かいところで読み違いはあったにせよ、大同小異、ほぼ予想通りの方向に向かっているので、そういう意味で衝撃は薄かったですね。(むしさんと語り合った方向通りというか)
なので、物語単体での読後の衝撃は、個人的には「不死鳥の騎士団」の方が大きく、ずいぶん泣けました。
今作は泣けはしなかったですし、意外性は薄いですが、ここまでそれぞれの人物のポリシーを描いてきたその延長上に今作があり、なおかつ熱く丁寧にそれぞれの思いを訴えかけてくる文章と、ラストに至る緻密な構成力に、ただただ圧倒されます。
おそらく予定は調和するのでしょうが、そこに至るまで、いかに巧妙に読者にゆさぶりをかけるか、この作品世界のスケールの大きさを感じさせる今作でした。
世界一活字読まない日本の子供達に、これだけ長く分厚い物語を読ませ、イギリスファンタジーの奥深さを知らしめたこの作品、いよいよ次巻で終わるのだと思うと感慨深いです。
「ハリーポッター」を読んで物語のすばらしさを知った子供達が、将来我が国にも、ローリング女史のような児童文学を残してくれることを切に願います。
また訳者である松岡佑子さんにも、不遜ながら、今回初めて、本当に心から深い敬意を感じた次第です。
「英語でしゃべらナイト」で、うろ覚えですが、確か、一番翻訳で大事なのは「母国語の美しさ」を知ることだと語った松岡さんを、偉大な日本人だと感じました。ハリーポッターを我が国に紹介してくれて、本当にありがとうと言いたいです。
さて、ここからは、ネタバレ感想です。ネタバレがいやな人はここまでにして、読み終えてからまたおいで下さると幸いです。
ダンブルドアは最期にスネイプに哀願します。何を哀願したのか、、、
私だったら「・・・」をこう補います。
「セブルス、かつての私との誓い通りに、私を殺しなさい。その行為は死ぬより辛いだろうが、私を殺さなければスネイプかドラコのどちらかが命を落とすくらいなら、年寄りである私が殺されるべきだから、ドラコを戻れない悪の道に進ませないためにも、殺人者の汚名をセブルスに負って欲しい。ドラコとハリーの生命を守り、ホグワーツを頼む」と。
ところが1号は(おそらくしっかり作者の読者攪乱の意図にひっかかって)、スネイプが死食い人に戻ったと読んだようです。
果たして、そうでしょうか。
前作のヴォルデモートとダンブルドアとの会話を思い出すと、ダンブルドアは死より恐ろしいものがあるということを理解できないのが、ヴォルデモートの弱点だと言っていました。
生命より大事なものがあるということが理解できないから、ヴォルデモートはまさかダンブルドアがドラコやスネイプのために、命を捨てるとは読めないのです。。
また、スネイプが忠誠を誓う最も偉大な人の命を奪うわけがないとヴォルデモートは思いこむのです。
ダンブルドアは、闇の帝王を唯一欺ける閉心術の持ち主は、死食い人であったスネイプだけだとわかっていたと思われます。ダンブルドアは自分の命と引き替えに、ヴォルデモートの信頼をスネイプが得られるなら、勝機はそこにあると考えたのでしょう。
ヴォルデモートは自分の殺人の罪を他人になすりつけて来た所行を思えば、スネイプは自らの手を汚し殺人者の汚名を着たのは対照的だと思いました。
もちろん、冒頭のドラコの身代わりになる「破れぬ誓い」も、ドラコを守れというダンブルドアの意向があってのことでしょう。(でなければ、あんな見え透いた出だしのはずがない。と、思う。)
自分に水盆を無理矢理ハリーに飲ませるように(自分を拷問するように)誓わせたダンブルドアは、同様にスネイプにも辛い誓いを交わしていることを示唆していると予想され、その誓いをスネイプが遂行するのがどんなに苦しいか、ハリーにも疑似体験させる必要があったのかもしれません。
ドラコもハリーも全てはお釈迦様の手の上で踊っているってわけです。
今作、短い間ながら、伝えることを全てハリーに伝え思う存分その愛を注いだダンブルドアは、ハリーの忠誠に感謝し彼に与えた重すぎる課題をすまなく思いながら、覚悟の上で死の時を自らが選んだのです。
また、スネイプは、これもダンブルドアの指示によってでしょうが、プリンス(自分)の本をハリーに渡すことで、ハリーに新たな(違法な)力をつけさせたと私は想像しています。
それと、スネイプが無言で呪文を使えるようにならないと我が輩に勝てないと言うのも、彼が師としてハリーを教育しているのだと思えます。
それでも彼が「臆病者」とハリーにののしられて、逆上するのは、一番苦しく辛く泣きたいのはスネイプ自身だからです。
すべては憎っくきジェイムズの子を守るために、ダンブルドアとの誓いを果たしているというのに・・・;;;
けれど、ハリーには偉大な二人の師(亡き校長と元魔法薬学・闇の魔術に対する防衛術教師)の真意を、今は知るよしもないのです。
と、私は深読みましたが、さて、実のところどうでしょうね(笑)
※想定外~混血のプリンス
この原作題を聞いた時、混血のプリンスが、ヴォルデモートなら話がいくら何でも単純過ぎるとは、思いましたが、読んでる途中かなり確信を持って、こりゃトムリドルジュニアだろうと予想しました。
だって、それまでスネイプが混血だって情報知らなかったんで、そこまでの情報による見事なミスリードにひっかかりましたー!くそーやられたー!
プリンスがスネイプの母方姓というのは、そりゃ後出しじゃんけんだー!
いえ、でもそれを許せるだけの展開のうまさがあります。
※SWで言うと
ヴォルモートがダースベイダーという前言撤回。スネイプがダースベイダーで、ダンブルドアはフォースの再編を仕組むフォースそのものでした(笑)でもハリーがルークってのは当たったでしょう(バカ)
※アンチ占い、預言、伝説
何だってファンタジーって、伝説だの、預言だの、選ばれし者だのって、SWも含め、伝説を予定通り消化して終わる話がなんとこの世は多いんだろうと常々、ファンタジーが好きになった割には内心そこに辟易してた私は、この当たるもはっけの占いもどきの預言を、本当にするかしないかは、その人が能動的に選んでいるだけだという、預言それ自体はそんなに重要でないという作者の感覚がすごく好きです。
※肖像画
私が今回の悲劇で泣けなかったのは、シリウスほどの喪失感を実感できないからです。ハリーは悲嘆以上に、憎悪やダンブルドアの愚行に対する悔恨に支配されているからというのもあるんですが、
気になるのは、校長室の肖像画。確か意志を持ってしゃべるんだよね?
とすると、ハリーはダンブルドアから助言を受けることは、今後も可能ではないかと思うのですが、楽観的過ぎでしょうか?
※想定外2~不死鳥の騎士団
ダンブルドアが死んだら、騎士団皆絶望し志気が落ちて破綻するのではないかと一瞬心配しましたが、割と大人はしっかりしてると、思いました。
世界の明るい未来そのものである子供達を守ろうとする思いこそが、死をも、絶望をも超えるものなのかもしれません。
※想定外3~ヴォルデモート
前作、哀れなトムリドルは愛を知るまで、何度でもよみがえると考えましたが、どうもそういう精神論ではなさそうです。ヴォルデモートは魂を7つに分断して、肉体が消滅しても現世に存在し続けているので、その7つを消滅させれば、彼を死の世界に永久に葬ることができるということが今作明らかになりました。ヴォルデモートは命より大切なもの=愛 を知り得ないまま、死を迎えることも物理的に可能なわけです。
ヴォルデモートは、人の至高の望みは、不老不死にあるのではなく、ダンブルドアのように満足して生を終えること、ファウストの「時よとまれ!」という瞬間を得ることだと知り得ない存在なのかもしれないです。
ヴォルデモートは繰り返されたスリザリン一族の近親婚によって、DNAに刻まれた救いようのない凶悪者なのか、多少は同情すべき悪人なのか、あるいは彼にも救いがあるのか、、、、今作読んで私にとって最も不透明な部分です。
ただ、ヴォルデモートの母が何故、マグルを愛したのか?愛を偽造して偽りの結婚をしたのに、その偽りの幸福を再度得ようとはしなかったのか?(ダンブルドアは本当の愛を知った彼女が、魔法に頼った偽りの愛を得ようとはしなかったと想像してるようだったのですが・・うろ覚え・・・)トムの母が、愛を知ったから夫の本当の幸福を願って夫を自由にしたとするなら、きれいごと過ぎる解釈かもしれないですが、少なくともダンブルドアはトムの母を哀れに思っていることは確かでした。
ヴォルデモートは死に負けた自分の母に失望していますが、その母こそが、スリザリンの正当な純血の魔法使いで、スリザリンの血が人間を心から愛したというこのねじれをどう受け止めるのか、気になるところです。
けれど彼に、母の愛を理解させるのは無理なのかもしれない、と、今作ちょっと沈鬱に感じた部分です。あるいはこれも、作者のゆさぶりにかかってるだけかもしれないですが、ハリーがヴォルデモートの魂を殺す結末を思えばその方が勧善懲悪の色彩がはっきりしてすっきりするのかもしれません、、、、
正直、ここまでトムリドルが幼児期からの根っからのワルだったとは思わなかったので、困惑してます。
にしても彼が、母が死を選んだ真意を知る日が来るといいなと思ってしまいます。
※命より大切なもの
ヴォルデモートにとって、命より大切なものがこの世にあるとは思えないのですが、最近公開になったVフォー・ヴェンデッタ(ナタリーポートマン主演)でもその辺が人民の弱さとして焦点になってました。
ハリーの今作でも、表面的なヒロイズムの陶酔とは異なった、目先の命より大切なもの確かにあると共感させられるものがありました。
死の恐怖を超えるもの、命を人質に取られても失えないものは、、、、
たとえば、愛する人の幸福な未来、、死を内包する人の生の営みつまり生命の連続、、、そういった物が奪われるなら、人は自分の命をかけることもあるのです。
その尊い犠牲が、逆に生命の大切さを教えてくれるとも思えます。
死を負けだと思うトムリドルは、実は死こそが大いなる生命の勝利なのだと知ることになるのでしょう。
※主題
今作、なんとなく言いたいことがわかってしまうのは、映画「炎のゴブレット」をDVDで鑑賞したばかりだからでしょう。
違う種族が互いに偏見を捨て共に手を取り合ってこそ、恐怖に打ち勝って悪を退ける善良な意思が未来へと受け継がれていくという、、
映画炎のゴブレットはすばらしかったのですが、「愛」を強調した前作以上に「異種共存」のメッセージ性が強くてやや違和感あったのですが、この「プリンス」には見事につながっていると思えます。
訳者が解説で述べていますが、フラーとビルの異国人同士の純愛は、世界で最も崇高な人物の死という絶望の中にあっても、男女が愛し合い家庭を築き、そして新しい生命を残していくという生の営みは途絶えることなく、死もまた生の営みの中にあると気づかされます。
それは、愛する人を殺された復讐心に燃え、一人闇の帝王との決戦に向かおうとするハリーの頑な心をも、一瞬優しく包みます。
それまで異国人であるフラーへの偏見を抱いていた者達も、祝福の心に満たされ、それはトンクスとルーピン、ロンとハーマイオニーのカップルにも注がれるのでした。
平和時には恋愛中の男女のべたつきが時にはいらだたしいけれど、けれど殺伐とした時によくわかる、愛はやっぱり祝福されるべきものなのです。
※ハリーの本命~カップリング~
ジニーだったか・・・うーん、なるほど。今思えば、前作、秘密の部屋とは同一人物と思えないほどやけにジニーが聡明で勇敢な少女になってるとは思ってましたが、、、にしても映画であの少女とハリーがキスするかと思うと、ちょっと心配になったり、、
本ではとても素敵なキスシーンでしたが。
しかしながら、ハリーは今作の終わりに彼女に別れを告げます。
ヴォルデモートが命をねらう自分のせいで、彼女を危険にさらすわけにいかないからと。またそのことで、自分の戦いに迷いが生じ、ひいては世界をヴォルデモートの手に渡すことになるからと。
彼女もいかにも戦士の妻のように、その意味を理解します。心が離れたわけでないのに、恋人としてそばにいることのできない理由を。
うん、これは何故、ロンとハーマイオニーが恋愛で、ハリーとハーマイオニーは友情なのかという答えでもあるような気がします。
前作、ネビルやルーナが活躍しましたが、今作、最終作では、おそらくロンとハーマイオニーとの友情が真価を発揮すると私は想像しています。
ハリーは一人で戦うつもりのようですが、ダンブルドアは大人の庇護という縦の関係ではなく、友情という横の関係が成人を迎える彼にとっての最強の援軍になると考えていたと思われるので。
※ハリーの本当の敵
ずばり、スリザリン寮への偏見と憎悪でしょう。
ハリーが、父と確執のあったスネイプを信頼し、マルフォイを許容できるか否か。
ハリーがこだわりを捨て、そして、彼らもハリーを受け入れることを出来るのか、、、父やスネイプが出来なかったことをハリー達の世代が出来れば、、敵はただの孤独な魂のかけらなのです。
そしてそれが出来るとダンブルドアは信じ、それにかけたのが、今作でしょう。
秘密の部屋以降、ずっと気になっていたスリザリン寮生とハリー達が友情で結ばれる日が来ることを祈って、最終巻の発売を待ちたいと思います。
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