ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

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Posted by ふざけおに on

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映画「ハウルの動く城」鑑賞日記

Posted by ふざけおに on   1 comments   1 trackback

待ちに待った巨匠宮崎駿氏の新作「ハウルの動く城」、見て参りました!
混雑が予想される公開初日は避け、4日後の23日の朝一番の回にしたのですが、、、いやー、さすがにすごい混んでた~@@;
私は土曜日に中央のペアシートを先売りで買っていたんで並ばずに済んだのですが、当日来た人は大変だったでしょう。家族連ればかりでしたが、どこかの子供会が鑑賞してると思われる団体が2グループほどあって、最前列も端も含め空席はない状態でした。
飲み物を入れて自宅から持って来たと思われる水筒を持って来た中学生の男の子達のグループが微笑ましいなあって思いましたね。
昼に上映終わって帰る時、シネコンの前の道路がこんなに渋滞してるの、初めて見ました。これが世界の宮崎効果なのですねえ@@;
1号は原作を繰り返し読んでいて楽しみにしていたのですが、観賞後、原作とは全然違うけどとても良かったと言ってました。
3号もちょっと前まで、「ハウル見に行こうね」と言うと、「でも、私ナス食べれないの」と不安そうでしたが、(ハウスカレーのCM見てナスのカレーの話だと思ってたらしい)、幼稚園の先生も今日見に来るという話をしたとかでわくわくしてました。ヒンがとっても気に入ったようです。
非言語的で感性で観ているうちの子供達には大変好評の映画でした(^^)。
下の画像はパンフ。上映前に買っておいて良かった。上映後は売店も黒山の人だかりでしたもん。
            

私の初見の印象では、★★★。3つです。
一言で言うと、ライク宮崎。宮崎映画のような映画でした(笑)。巨匠の香りはするけど、世界に誇る巨匠だけにしか作れない極められた珠玉の一品という感じではなかったんで。
過去のジブリ作品で言えば「猫の恩返し」「耳をすませば」程度の箸休め的ライトなふんわりした作品で、大きな感動やカタルシスを得られる大作ではないですね。
もちろん、アニメーションは綺麗でした。特に美術背景。美しい絵画を観た時の心の解放を感じました。美しい絵画を観に行ったと思えば、十分堪能できます。
また往年のファンとしては、キャラやグライダー?の動きにかなり既視感あって、「ナウシカ」に近い映像だったなあって思いました。お得意のドキドキハラハラで、いびつで奇妙な城の歩くユニークな動画が楽しめます。
にしても、ストーリーに骨太なものを感じさせるのが、宮崎氏の他のやたら映像だけ綺麗に作るアニメクリエーターを越えてる点だったと思うのですが、ハウルは筋が漠然としていて雰囲気だけって感じが、「絵」ではなく「物語」を楽しみたい左脳派の私には、ちょっと感情移入しにくい作風でした。
それと宮崎作品にしては、中盤までのテンポが悪いです。終盤になってバタバタ話が進むが、これがよくわからないって感じで、、、。
圧倒的に引き込まれ、迫ってくる感じに欠けるんですね。
総じて絵はいいが、ストーリー、テンポ、訴求力がイマイチかなと。辛口ですみません(平謝)。

わああ(汗汗)私、きっと疲れてたんです!前日前々日とTV感想書いててちょっと寝不足で体調が悪かったし、精神状態も良くなかったんです~。
あと、「千と千尋」が良かったと思っているので、期待が大き過ぎたのもあるかもしれないです、、監督が宮崎氏でなければ、印象は星4つ絶対つけたでしょうね。
一応私は宮崎氏のにわかファンではないと思ってます。
小さい時も、思春期にも、成人して就職してからも、そして子供が生まれてからも、ずーーっと宮崎アニメを見て来ました。
ただ今まで割と距離を置いて観てたのが、今回はちょっと入れ込み過ぎてたかもしれないです。「千と千尋」を観た時、宮崎監督はこれ以上の作品を果たして作れるかなと思うほど、円熟を極めた作家の頂点を感じたので、あれ以上の衝撃を得られるとはもちろん思ってなかったのですが、それでも物足りなさは感じましたね。
でも、視聴後の子供の反応観ると2号も含め非常に満足してたので、「宮崎アニメはやっぱり最高!」って、星5つをつけられなくなった自分の感性が擦れてしまったんだろうか、私はもう庶民感覚からずれてしまったんだろうかと不安になりますなあ、、、、。
このやたら感動を求めてしまう心理が悪いのかも。アルコール依存症の患者が酩酊感を求めて飲酒を続けても、アルコール耐性ができてしまって2度と心地よい酩酊感を得られない、けれど、得られぬ酩酊感をひたすら求めて飲み続けてるのに似てるかも。
いかん、きっと私、季節の変わり目で、精神状態悪いんですなあ(泣)
いい加減愚痴はこの辺でやめて、気を取り直しポジティブシンキングでネタバレ感想参ります。
←パンフの解説者が蒼々たる顔ぶれです(^^)
ハウルは美形ですよ~v。ソフィもハウルもその心理状態で、微妙にルックスが変化するのがこの作品ならではの面白さでした

○声優
心配された俳優の声ですが、出だしはやっぱり気になりました。賠償千恵子の顔がどうしても浮かぶし(カマリアレイも最初慣れるまで駄目だったヨ)、演技はともかく前日たまたま観たスマスマでチェ・ジウに対する態度が決して良いと思えなかったキムタクへの心証が悪かった(汗笑)
でも観てるうちにソフィも気にならなくなったし、木村拓哉も、ハクやサンよりはましだったので、個人的には合格!三輪明宏と加藤治子は上手いだけでなく、キャラデザが本人そのまんまなので、全く違和感なしなのでした。

以下ネタバレ注意**************************

○軟弱男とタフ女
ハウルは(カブも)今時のイケメン男性。女性の憧れる超美形で、料理がうまく器用で、スマスマさながらにスマートにゲスト女性に接してくれます。
けれど、その実、ものすごく整理整頓が苦手で、容姿が気になり、ちょっとしたことで傷つきどろどろになります(笑)マザーコンプレックスで、自分の師であった女性サリマンの支配を恐れおびえています。
スマートで頼もしく力もあるが、気弱で卑屈。自由を求めて理想もないままに無軌道に外に出かけるハウルは、どうも戦争を止めようとしているようですが、その戦闘機を狙う瞳は好戦的だったりします。
けれどソフィとの出会いで守るべき者を得たハウルは、「家族を守るために外界に出る」という成長を見せ始めます。ハウルの男達はソフィの褒め言葉で奮起する者のようで(微笑)
帽子屋の娘ソフィは、のろいで90歳の老人になってしまっても、心は若さを失わず愛する人の帰る場所を守ることに生き甲斐を見出し、存分に母性を発揮します。彼女の寛容は、彼女に関わる人々を、彼女の守ろうとする小さな世界の住人を幸せにしていくのです。
掃除婦として家を守る女性にとって、外の戦争のカラクリはわかりません。わからなくて良いのです。それに対し生理的に嫌悪感を持っているだけでいい、自分に関わる世界を愛で満たしていることが大事なのです。
外に出て行く男性の帰る場所を整え、時に叱咤激励し、時に癒し安らぎを与え、生き生きと自信を持って労働する老婆は、その心同様にどんどん若返り、いつしか恋する少女に戻っていくのでした(^^)。

○わかんなかった(涙)
・サリマンの真意
何故この世界で戦争が起きているのか、サリマンはハウルに何を期待しているのか、サリマンは何故最後にあっさり戦争をやめたのか??
サリマンの行動理由がはっきりしないのが、作品の筋をぼやかし話がすっきりしない一番の原因だと思うんです。でもそれはそれで意味があって、ソフィーの主観で物語が進んでいるので、さして重要ではないということなのでしょう。たぶん。
世界観社会背景を知りたがるオタク気質が、目を曇らせるんですな(笑)理屈ではなく感性で鑑賞しましょう<自分
・カルシファーとハウルの契約
原作を読んでる人にはわかるかもしれないですが、私は判然としなかったですね。
ハウルは何故カルシファーに心臓を与えたのか、肝心のカルシファーとハウルののろいはどうして解けたのか、私が見落としてるからかもしれませんが、よくわかりませんでした。
カルシファーに水をかけてもハウルが死なないのは、ソフィの願ったことは必ず叶うという魔法があるからだと1号が説明してくれましたが、、そういうことなのでしょうか?映画観た感じでは全然わかりませんでした。観た方、わかったらお馬鹿な私に教えて下され(願)
・荒れ地の魔法使い、カブ、マルクル、ヒン・・・
荒れ地の魔法使いがハウルに惚れてたらしいのはわかるのですが、それ以外にも狙う理由がありそうです。カルシファーを手に入れたかったのかな?
あと、カブの事情もさっぱり。マルクルとハウル、ヒンとサリマンもさっぱり。。まあ、本筋には関係ないからいいか(--;。

○象徴表現
「もののけ」はあまりにテーマをそのまま主張してるような押しつけを感じるのに対し、「千と千尋」は非言語的だが洗練された表現でしっとりと訴えかけてくるので、見事だったと思ってます。
「ハウル」はライトな作風でテーマ性が薄いかというと、実は割とキナ臭いんですなあ。言いたいことは随所にあるが焦点化してないのです。
穿った見方かもしれないですが、あえて観る側を試すかのような深読み解釈を促している感じもしますね。
それに乗って解釈するのが良いのか、乗らずに胸に秘めておくのが上品な鑑賞者の態度なのか、わからないですが、私個人はついつい乗ってみたくはなる性分ではありますね(苦笑)。
ただ、そういうこと意識せずともまるで自然に五感にしみこんでくるようにテーマが描かれた作品が、クオリティが高いと思うんですが。(いかん、辛口になってきたぞ、汗)

○高齢化社会と女性
高齢化社会に優しいなあ。私が作品から強く感じとったことを強いて言うなら、これですね。
一番心動かされたのは、90歳のソフィが、荒れ地の魔女を優しく介護する姿です。
若い娘であったソフィを一瞬にして老婆に変えたのは他ならぬ荒れ地の魔女です。喩えれば、憎き鬼姑みたいなもんですな。。
ところがその荒れ地の魔女は実はもっと高齢で、魔力を奪われるとよぼよぼのボケ老人になるのです。そのボケた醜態を、「ざまあみろ!」と痛快に見下すという視点がないのが、この作品の良さで、東洋的だと感じます。
力をなくした荒れ地の魔女をソフィは見捨てません。まるで当たり前のように普通に受け入れるのです。ボケた魔女にハウルの命であるカルシファーの火が燃え移った時、ソフィは魔女を救うためカルシファーに水をかけてしまいます。老骸魔女が死んでも、愛するハウルさえ助かればいいわけでないのです。
なんだか、一生懸命老人を介護する女性に対する敬意と温かい支持を感じました。
掃除したり介護したり育児したり、、社会の隅で営まれる女性の地味な日常が内的世界を守り、自分を包む内的世界を守るため男は外世界の激しい戦地に赴くのだなあって。

○対立構造を持たない作品世界
こっちが何らかの対立構造で成立する物語を見慣れているせいで、作中その構図を脳内でイメージしとようとするとすっきりしないのですが、そこにこそ監督の狙いがあるのかもしれないです。
荒れ地の魔女を助け介護し、文字通り敵の犬さえも、違和感なく普通に家族に迎え入れてしまうソフィの感性に、はっとさせられるものがありました。
ソフィのもう一人の姑は、いわゆる悪役的ポジションのサリマンです。湯婆よりは大物ですが湯婆同様やっつけられるべき悪人でもないし、それどころかサリマンは銭婆湯婆ほどの争いの背景も何も見えて来ない、、。ソフィの生き方を描くのに悪役の掘り下げなど必要ないと言わんばかり。
悪役と言いましたが、実のところ、この作品には突出した嫌な奴も悪い奴も、聖人君子のように偉い人もいません。まさに脱勧善懲悪脱ヒーローもの(笑)
サリマンはハウルにとって母の象徴でしょう。息子をいつまでも支配しようとする母親は善でも悪でもないんです。
サリマンにとってソフィは息子の嫁でしょう。ソフィはハウルの自立を認めさせる恋人(妻)という新たな母の役割を持つ者ののようです。
ソフィが敵と認識しない以上、彼女の主観通り周囲はみんな味方になって行くのです。サリマンも最後はハウルの自立を認めたようです。
真の母性とは対立構造を作らない寛容そのものなのかもしれないです。
私自身、いつの間にか仮想敵を作って身構えていることがある気がしますが、敵を作らない、敵と意識しない生き方したいなと思いました。
それと印象的だったのは、戦闘機を見上げるソフィがハウルに「敵?味方?」と問うた時、ハウルは「どっちも同じだ」と答えたところです。敵であろうと味方であろうと理由がなんであろうとそんなの知らなくて良い、戦争を嫌だと漠然と思うだけで良いんだという、茶の間感覚を支持してくれてる感じが好印象なのでした。

対立構造を意識しない寛容な生き方、自然や生命の美しさに感動する感性、戦争や暴力を漠然と嫌悪する感性、ソフィのような母性を自分も持ちたいなって。
男勝りな私をそんな気持ちにさせてくれたから、結論はやっぱり宮崎監督は偉大ですな(笑)
ってことで、お後がよろしいようで(^^)。


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Comment

Prism says... ">映画「ハウルの動く城」鑑賞日記"
TBありがとうございます。
なるほど。
脱勧善懲悪ヒーロー物ですか。
上手い事、言いますね(微笑)
ジブリ作品として、今まで以上の強いメッセージ性に驚きましたが、良い作品だと思いました。
また、よろしくお願いします。
2006.07.29 14:11 | URL | #EY6vSw5E [edit]

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