ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

ハッピーバースデー

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

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お誕生日おめでとうございます!!
世間様では、紀子様に男子誕生に湧いておりますが、生命の誕生ほどおめでたいことこの上ないものです。
高齢(失礼?)での、3人目の出産もこの世の多くのママさん達に勇気を下さったことでしょう。
これだけの前騒ぎからして、男児だろうとは思ってました(超音波でわかってたいたはずですから)。
皇位継承の問題はまだ色々ありそうですが、今後未来の天皇になるべき運命だとすると、この子が男児であったことを思えばその未来は、女児であるより平凡ではなかろうと思いますが、それもまた運命をつかんで誕生されたということで、願わくば軍部の圧力に最後の最後(御前会議)に抵抗し、戦後は国民を勇気づけた昭和天皇のような、国歌の無理強いはよろしくないと発言された現天皇のような気高い平和教育を施されることを願ってやみません。
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ところで、サンデーのガッシュ、佳境に入ってますね。
民間に下されたガッシュと、宮廷で訓練されたゼオン。
父君の真意が気になるところですね。

そいでもって、
世間様にとってはどうでもいいでしょうが、今夜は我が家のパパの誕生日ですので、そっちのお祝いの準備をしている我が家です。将来仮に天皇誕生日として休日になるにしても、それまでにはとっくに退職してるか、この世にいないでしょうな(笑)
ちなみに、うちの2号は雅子様と誕生日が同じです。
それはどうもいいのですが

真子様は、うちの1号と同じ年に御誕生されたんですが、5体不満足な障害児を産みずっと大学病院で赤ん坊に何度も手術し、絶食させてミルク欲しいと泣かれ続けた私にとっては、連日の真子様報道で見る健常児ぶりが妬ましくて素直に喜べなかった気がします。
それが今はやっと素直にお祝いできるまでの心境になったのは、歳月の流れでしょう。

一方、1号が死にかけた年はすごい悲惨な家族な状態でしたが、ちょうど阪神大震災やオウム事件で暗い世相の頃で、雅子様と皇太子様のご成婚には、明るい気分で祝福できた記憶があります。
彼女の誕生日の時だったかの「しゃべり過ぎ」とかで批判されたとか言われた記者会見も私は好感を持って見たし、ずいぶんインテリジェントの高い皇太子妃に心強さを感じたのでした。
その数年後、雅子妃の不調の理由のひとつに皇太子様が、「雅子は小さい頃から海外生活を普通にしてきたので、長期間海外に行けないのがストレス」と話された時はあまりに庶民感覚とかけ離れててぽかーんでしたが、、、、
まあでも、外交官一家で育ち、性差を超えてエリート外交官として敏腕ぶりを発揮し自己実現されていた方が、世継ぎを産むという女性としての素養を期待されるという、別の才能を求められるってのは辛いだろうなあとなんとなく想像してしまいました。
彼女が外交官という地位を捨てたにしても、皇室で外交という手腕を発揮し自己実現したいという夢を持ち続けるジレンマを周囲はなかなか理解しないだろうなとか、、、、、
国益のために第一線で活躍していたエリート外交官を娶られた皇太子様は、彼女を幸せにするのは大変でしょうが、プロポーズの決め台詞の通り「雅子様をお守りして」頂きたいと心から願います。
母になった瞬間の幸福、愛子様と愛する皇太子様との日々こそが、何にも代え難いかけがえのない雅子様の幸福なのでしょう。

私は自分の人生は仕事にあり、教師が天職だと思っていたし、その仕事を極めるためには結婚し、子育てをしなければ人としても教師として、成熟できないだろうという思いから結婚出産したのですが、その結果、仕事を辞める羽目になりました。
同じ仕事をしている夫は契約退職の資格があったのですが、結局それを決断してはくれなかったし、世間は子供ために母親が犠牲になって当然という意見ばかりで、昔気質の男尊女卑の姑にも私が仕事をやめるよう諭されました。
同じ仕事してるのに、家事して出産して育児して肝臓やって仕事まで取られるのかと、もの凄い理不尽なものを感じましたが、誰もその気持ちを理解してはくれなかったです。
離任式の日、自分の人生は終わったと思えて自殺したいほど鬱でしたが、結局親しい同じ病気の子を持つママさん達はもともと妊娠と同時に仕事を辞めた方達ばかりで、その辛さに周囲が全然共感してくれないのが、一番辛かったですね。私の人生のヴィジョンに、家庭婦人はなかったのですよ。
そのうち仕事に復帰しようと思ってたこともありますが、1号の病気と二人の子育てで手一杯で、今や現役の時の気力も体力もないし、頼みの爺さん婆さんも皆老いて、到底子供を預かるなんて
無理、むしろこちらが介護手伝わなければいけない年になりました。
来年度から、全小学校で放課後児童を預かるそうですが、私にはもう遅い話。。。子供達と老いた両親を前に先は見えないです。
でも喪失と同時に獲得した物がないわけでもないのです。
ダメ母で不器用ながらも、夫と子供を送り出し帰りを待つ仕事をなんとかやってるし、子供と夫に囲まれていると幸せです。
それは私が子供の頃、両親不仲だったため決して得られなかった、幸せな家庭生活なのでした。
そして、他人の幸福を自分の幸福のように感じられる今を生きていることが、幸福な証しでしょう。

これから我が家の天皇の誕生日パーティです。。
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