ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

小説「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

感想パート1

25日土曜日夜明け、やっと読み終わりました。1日で読み終わって繰り返し繰り返し読んでる1号から、内容はあらかた聞いていたのですが、前半の展開の進みの鈍さや(描写が細かい)ブレイド映画公開がたたって、さっぱり読み進まず、今までで一番時間がかかってしまいました。
しかしネタバレ聞いていたにも関わらず、最後200ページの圧巻ぶりはすごかったです。読み終えた後しばらく放心してしまいました。久々に重厚な文学作品にふれた衝撃でした。

前日の金曜日、むしさんに上巻読みかけの「不死鳥の騎士団」について私はこんなメールをしました。

「 様々な悲しい別れや過ちを積み重ねて人は大人になるんです。
無邪気さを喪失し、暗くなりますが、その分、命の尊さを知るんです。
早く読みたいです。」

むしさんから頂いたお返事は
「絶対おにさんの好みだと思いますよ(うふふ)」というものでした。

まさしく本当にそうでしたーー!むしさん鋭い!
日頃私が思い描いている人生の深淵を的確に物語で提示されたような錯覚に陥るほど、ぴたりとはまった作品でした。
描かれているテーマは、スバリ「スターウォーズ」と同じだと見ました。しかし娯楽作品であるSWより、当然のことながら、文学性が高く、ストーリーと人物が多様に交錯していて心情描写が緻密です。
坪内逍遙が「小説神髄」で、「小説とは人の心の陰影を描き出したもの」と定義したのを脳裏に思い浮かべながら、この作品に出会えた感動に満たされました。
前作まで読んだ限り、ここには何かしら意味があるだろうというポイントについて見事に描かれていて、予想が的中した喜びと、予想以上に人物の内面に迫ったカタルシスに包まれました。
ファンタジーと言われる児童文学がこうまで人の心の本質に迫っている、、、
こういうのを、大人の鑑賞に堪えられる児童向け作品というんですよ~。
そもそも不朽の名作は、難解高尚な一部の文学マニアにしか親しまれないものではないんですよ。平易な表現で、老若男女広く共感を呼ぶ内容で、人間の本質を描けるものなはずなのです。
よくぞ我が娘はこの物語を私に導いてくれたと感謝(息子がデジモンに巡り合わせてくれた時も感じましたが)。
土曜の朝、目覚めたばかりの1号に本の感想やら娘をゆさぶる質問やら、その解釈を語り始めたら、興奮でいつの間にか涙してる自分に笑えましたよ。
歴史的な文学作品にリアルタイムで出会えた喜び、良質な読み物が全世界の人々の心を打つ様を思う喜び、、、今作読んではっきり言えます。大好きです、ハリーポッター。

以下ネタバレありです。未読の方ご注意下さい。****************

今回の話のポイントです。
ハリーはヴォルデモートと意志を共有できるため、それまでヴォルデモートに狙われた人を救ってきました。それが今回が裏目に出ます。
名付け親で父の親友であった、シリウスブラックがヴォルデモートに拉致され、拷問されている夢を見たハリーは、ハーマイオニーが止めるのも聞かず、救出に向かいます。ハーマイオニー達仲間も今回はハリーに同行したのですが、実はそれはヴォルデモートの巧妙な罠だったのです。
ハリーが生まれる前、ハリーとヴォルデモートに関する予言がなされ、その内容が刻まれた石が、魔法省の神秘部に保管されていました。それに触れられるのは予言内容の当事者であるハリーかヴォルデモートだけなのです。復活を世間に知られたくないヴォルデモートは、ハリーと意志を共有できることを利用し、ハリーにその石を手に取らせ奪おうと考えていたのでした。予言を正確に聞くことで、今まで何度も殺し損なったハリーの殺害方法のヒントを得るのが目的でした。
ハリー達はヴォルデモートの配下の闇の魔法使い達に攻撃され、次々倒されます。残るはハリーと闇払いの息子ネビルだけになります。そのネビルも拷問呪文をかけられ、ハリーは石を敵に渡そうとしたその瞬間、ダンブルドアの騎士団、闇払いの魔法使いの大人達が助けに駆けつけました。その中にシリウスもいたのです。
今のシリウスにとって人生の全てと言えるハリーを助けに来たのですが、その戦いで命を落としました。ハリーにとっては、最愛の家族と呼べるたった一人の人を目の前で失ったのです。それも自分のミスで。
ヴォルデモートは戦いの中予言の石が壊れてしまったことを怒り、ハリーを殺そうとついにそこに姿を現します。
間一髪でダンブルドアがハリーを守ります。圧倒的強さを見せるダンブルドアにヴォルデモートは敗れ、退散しかけますが、一瞬の隙に額の傷からハリーに取り憑き、ダンブルドアに「もろとも殺せ」と唆します。ひるむダンブルドア。
その時ハリーはシリウスへの強い思いや罪悪感から、「死」を望みます。途端、ヴォルデモートはハリーの体から去っていったのでした。
悄然とするハリーをダンブルドアは校長室に連れて行きます。
激しく慟哭し心の痛みに荒れ狂うハリーに、ダンブルドアは「シリウスが死んだのはわしのせいだ」と語り始めます。
今まで、ハリーの話すのをためらっていた真実を。それはハリーとヴォルデモートの間になされた予言、「ハリーかヴォルデモートどちらかが相手を殺す宿命」という予言でした。
誰かを殺すか殺されるかという宿命に敷かれた未来だと、幼いハリーに無邪気に子供らしく生きて欲しいダンブルドアは告知できなかったのです。
長い間、ダーズリー家に閉じこめられた恨みをも激しくはき出すハリー。ダンブルドアはハリーの心の痛みにうちひしがれながら、ヴォルデモートからハリーを守るもの(ヴォルデモートの弱点)の本質を語って聞かせるのでした。。
賢者ダンブルドアは、真実を隠した自分の判断の誤りを悔い、ハリーへの深い愛ゆえに犯した過ちだと涙ながらに苦しい胸のうちを明かします。
シリウスを喪失したハリーは、しばらくその姿を求め無為な日々を過ごします。やがてシリウスの死を受容した時、ハリーは自分と世界が隔絶してしまったと感じます。
けれど空虚な隔絶した世界にいてこそ、見える人の思いがあることにハリーは気づきます。
ホグワーツからダーズリー家に帰る道すがら、ルーピンやウィズリー夫妻らが見送りに来ました。ハリーはシリウス亡き今も、改めて自分を愛してくれる大人達の存在を温かく感じるのでした。。。。

ううう、なんかこの感じって、井上靖の「しろばんば」の読後感を想起しました;;



--------------------------------------------------------------------------------



2004年09月27日

小説「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」感想パート2 ネタバレ注意!

魔法省の神秘部の沢山の扉の中で、どうしても明かない(つまり解き明かせない)謎の部屋があります。ハリーが持っているどんな鍵でも開く魔法のナイフでさえ開けられなかった部屋には、ライラの冒険シリーズ「神秘の短剣」でこの世で唯一切れないものと同じものがしまわれているのです。
今作ダンブルドアはその言葉を一度も口にしませんでしたが、それは「愛」です。

※愛ゆえの過ち、
今作ハリーは、危機にある人を助けに向かってしまう英雄気質をヴォルデモートに利用されます。それまで実際に何人も救っている経験から、「決して動いてはいけない」という大人の指示や「罠かもしれない」というハーマイオニーらの忠告に耳を貸しません。ハリーにとってたった一人の肉親と呼べるシリウスですから、それはそれは熱くなって救出に向かいます。
ところがそれがヴォルデモートの罠で、逆にハリーと仲間達の方が生命の危機に陥ります。
ハリー以上に無鉄砲な英雄気質を持つシリウスは、自分の身の危険も省みず、亡き親友の子である最愛のハリーの救出に駆けつけます。そして、そこで命を落とします。
ハリーはシリウスを救おうとして、シリウスを死に追いやってしまう結果になったのです。
愛ゆえに慎重さ欠き、若さゆえの無謀さで、致命的ミスを犯してしまった・・・
激しい自責の念と喪失感に狂わんばかりに苦しむハリーに、ダンブルドアは同じ苦悩を切々と口にします。

ダンブルドアもまた愛の盲目ゆえに過ちを犯したと告白するのでした。
ハリーにヴォルデモートが狙っている予言のことを話しておけば、神秘部にヴォルデモートが狙う物の正体をハリーが事前に知っていれば、ハリーは罠にかからなかった、、、、
ハリーとヴォルデモートの宿縁の真相をあらかじめ伝えておけば、こんな事態は起きなかったたと、、、
けれど、ダンブルドアは、普通の子のようにハリーに無邪気な少年時代を送らせたいという思いに駆られ、悲しい現実を教えることを先延ばしにして来たのでした。
仮にハリーに真実を伝えないことが、その他の犠牲や危険を招くことになるとしても、それでも言えなかったのは、ダンブルドアがハリーをあまりに深く愛していたからなのです。
ダンブルドアがハリーにずっと冷たい態度を取り続けたのも、ヴォルデモートにハリーを通してダンブルドアの弱点(ハリーへの深すぎる愛)を見抜かれないためだったのです。

その愛ゆえのもろさにつけ込まれ、闇に攪乱されますが、その愛がまたしても(6回目?)ヴォルデモートの魔の手を退けたのでした。
勇者ダンブルドアが、一人の愚かな老人として心情吐露する様は、隠された真相の衝撃と共に深く読む者の心に突き刺さって来ます。

※愛の勝利
孤独なトムリドル(ヴォルデモート卿)は、「愛」を理解できません。
ダンブルドアが最も恐れた事態は、ハリーの肉体にヴォルデモートが逃げ込むことでした。そして、その最悪の事態が起きてしまいます。
殺しの呪文を使わないダンブルドアを理解できないヴォルデモートに、「トム、お前は死よりも恐ろしいものがあるとわからないのがお前の弱点だ」とダンブルドアは言い放ちます。
ヴォルデモートは「死が怖い物でないなら、この子と共に俺を殺せ!」とハリーの肉体の中から、ダンブルドアに迫ります。ダンブルドアに最愛のハリーを攻撃できるはずがありません。それがダンブルドアの弱点です。
ところが、ハリーはシリウスを思うあまり、「死にたい、殺してくれ」と願います。ハリーはシリウスの愛ゆえに、死の恐怖を全く感じてないのです。
死の恐怖を越える人の愛を、ヴォルデモートは理解をできないのでハリーの心と一体で居ることができず、ヴォルデモートは退散しました。
実はこれが、赤ん坊のハリーがヴォルデモートを倒した魔法なのでした。
それはハリーの母親が、「自分の命に変えても、我が子を救いたい」という死の恐怖を越えた愛、最も原始的な、けれどヴォルデモートには決して破ることのできない魔法なのです。

時に愛は人の判断力を狂わせ、過ちを犯させます。
けれど、愛はそれを知らない闇にある人には全く読めないイレギュラー要素で、最後の逆転の切り札になります。(というとブレイドみたいだなあ(^^;
これはスターウォーズEP6と同じです。。
全て計算づくで未来を予測した皇帝も、恐らくヨーダも肉親の愛を知らないオビワンすらも、予想できなかったこと。
それはアナキン(ベイダー卿)とルークの間に親子の情愛が流れていたことだったのです。
狡猾なパルパティーンがアナキンに残る父性愛が未来を変えるランダム因子だと予測できないのと、ヴォルデモートが、戦略上有利になるほずの予言の内容を、ハリーに教えないダンブルドアの心情を読めないのと同じと思われました。

※愛と憎しみの果て
○ダーズリー家の謎
これはまさに予想通りでした!絶対、ダーズリー家にいることに意味があるだろうと、ヴォルデモートから守るためには、マグルの家にいる方が安全という理由はそれだろうと思ってました!
ハリーを引き取らないという選択をダーズリー夫妻はできたはずです。養子に出しても施設に預けても良かったんです。それでも虐待しながらハリーを養育したのは。。。
ペニチュア叔母さんは、姉に劣等感を抱き激しく憎み否定しながらも、心のどこかで愛していたのです。同じ両親から生まれ育った同胞ですから、複雑なんですよ。。
だから、その姉の子ハリーを憎みながらも養育してしまうんです;;(この辺は実はリアルな愛憎の関係、虐待の心理をついてるなって思いましたね。)
ダンブルドアは、叔母の愛に賭けたのでした。母親の血を継ぐ叔母の元、たとえ憎しみの割合が多く愛は僅かであっても、養育するという形でハリーを受容している限り、ヴォルデモートは肉親の情という魔法を破ることができないのです。
ハリーは形はどうあれ、叔母の家族でいることで生命が守られて来たのでした。

○シリウスとクリーチャー
最悪の家庭環境に育ったシリウスにとって、その家のクリーチャーも忌まわしい生き物でした。
彼はクリーチャーの存在を無視し、心ある生き物だと思いません。それはシリウスの受けた心の傷が深いゆえです。
ブラック家の僕であるクリーチャーは、最後の生き残りであるシリウスに仕えなればならないのですが、その存在を全くシリウスに認められず不遇な扱いを受け続けました。
結局シリウスの暗い過去がクリーチャーを冷遇させ、それがまたシリウスの命取りになったのでした。憎悪の連鎖です。
この二人の関係で、実は暴力よりもネグレクトが心ある生き物にとって残酷だという一面も作中、語られました。
また人間と人外生物、、、。「ガリバー旅行記」の崇高な馬とヤフーの関係を連想させるケンタウルス族らを始めとする人間の人外生物への無理解と傲慢さを、ダンブルドアがどう啓発し、再度友好的関係を築いていくのか、今後描かれるポイントの一つだと思います。

○スネイプとジェームズ
スネイプもまたハリーに対し愛憎の葛藤を抱いています。ハリーの父にいじめをうけ辱められた記憶、ジェイムズへの憎しみを乗り越えることがスネイプにはどうしてもできないのです。
ダンブルドアはそのスネイプの心の傷を読めず、師弟愛や教師としての義務感で乗り越えてくれると思いこんでいたようです。
スネイプもシリウス同様かわいそうな人なのです。
スネイプはダンブルドアを介し、その闇に近い気質でスリザリンの子供達と親和性が高いので、防波堤の役割を担っていると思われます。
今後、スネイプの役割は大きくなっていくでしょうね。
というのは、もうずっと感じているこの作品最大の疑問です。今後必ず語られるであろうこと。
それは「スリザリンの存在意義」です。ロンの前作での「何故闇の魔法使いの温床になっているスリザリン寮を無くさないのだ?」という問いに、答えは用意されてるものと思われます。
トレローニー先生にも存在意義があるんだから、絶対意味があるんでしょう(笑)

○ハリーとドラコ
父親が闇の魔法使いとばれてしまったドラコ達の今後が心配です。
スリザリンという偏った価値観を持つグループとどう理解しあっていくのか、今後最も気になる部分です。恐らくこの話の流れでは、闇を撃退して終わりにならないでしょう。
ハリーにとって、スネイプと父の関係のように、ドラコへの憎しみは消えないでしょうが、それでも排除の論理をとらずに共存して行く道を切りひらくことが、ゴールのような気がしてならないですね。
それはダンブルドアとトムリドルの関係もそうかもしれないです。。
なんとなくですが、あえて混血のハリーを宿命の敵に選んだ哀れなトムリドルは、真の「愛」を知らない限り、何度殺されてもその怨念で蘇ると思います。
今後、闇との調和が描かれるものと思ってます、、、



--------------------------------------------------------------------------------



2004年09月27日

小説「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」感想パート3 ネタバレ注意!

~喪失と成熟~

※隔絶された世界
今作私が最も感動した部分は、前述のダンブルドア老人の愛にもまして、ハリーがシリウスの死を受容する様でした。
前作で友人の死を経験していますが、今回はハリーの最大の心の支えだったシリウスがハリーを救うために死んでしまうという悲劇でしたから、その死に方もシビアです。
慟哭、悲嘆、悔恨、怒り、絶望、空虚、、、、、ハリーは激しくのたうつ痛みを胸に、けれど言葉にできないまま、、、いつしか静かに死を受容していくのです。
シリウスがくれた手鏡が絶対意味を持つだろうと期待した私は、ハリー同様見事に絶望に突き落とされました。
幽霊になって会えるかも知れない、、、ハリーの透明な思いは、ちょうど「ヒカルの碁」の佐為を探すヒカルと同じ種類のものでしょう。(冬のソナタのチュンサンを探すユジンと同じかも)
大切な人を失った時、自分の存在する世界が希薄なものに思えて、あんなにいつも身近にいた人達がガラス越しにしか感じられないほど意味をなさないのです。
それまでの悩みも悲しみも全てが遠い事に思える離人感覚。。。。
どうしてそこまでわかるのっと言いたくなるほど、大切な人との死別を経験した人なら、今作を読んできっと思うはずです。

※悲しみの共有
今作特筆すべき点は過去4作いつも一人、英雄的にヴォルデモートと戦ってきたハリーが、今度はみんなによって救われるという展開です。
ハリーはついに一人ではなく、信頼で結ばれた仲間が共に戦うという段階へと物語は成長していくのです。
また今作で、ハリーはロンとハーマイオニーという従来の健やかな仲間とは違う種類の、陰を共有する盟友を獲得しています。

・ルーナラブグッド
今作ハリーにとって距離が近かった仲間は、明るく健やかに育ったロン、ハーマイオニーではなく、気弱なネビル少年とルーナという変人扱いされた少女でした。
ネビルとルーナは、幼い頃に辛い体験に晒されたため、どこか周囲と変わっています。
特にルーナは、軽微な発達障害児を思わせるような言動で、周囲から浮いています。最初ハリーも彼女の異様なテンションにひいてしまい、好きになれないのです。
しかし、いざという時、おじけずに力になったのがルーナであり、またルーナに偏見を抱かないロンの妹ジニーの聡明さも印象深いですね。
シリウス亡き後、隔絶された世界の住人は自分一人だと思っていたハリーが、最初に他者に対し心を動かしたのはルーナでした。物を隠されるといういじめに合っても平気な顔しているルーナに、ハリーは初めて同情します。
ルーナは9歳の時母親を事故で亡くしています。ルーナは、死別の透明な悲しみの壁をこちら側に通り抜けた来た一人だったのです。
彼女がどこか変わっているのは、他の子と違い悲しみを背負い生きているから、自分同様その痛みで無垢な魂に爪痕が残ってしまったからだと、ハリーは初めて気づくのです。
あちら側にいる悲しみをまだ知らない幸福な人、傷を持たない人も多いが、既に悲しみを抱えながら懸命に生きている者もいると、その存在の多様さをハリーは知るのです。
周囲に敬遠される変人ルーナの登場で、作者の人物を見つめる洞察力の深さに敬服させられました。

・ネビルロングボトム
もう一人、今作スポットがあたったのはネビル少年でした。ネビルは1作目で、劣等生ながら最後グリフィンドール優勝の立役者になってますが、それには重大な意味があったんです。もう一人のハリーポッターになりうる運命の少年だったのです。
ネビルの両親は有能な闇払いで、ヴォルデモートの手下に拷問され発狂してしまいました。
(ヴォルデモートの攻撃から3度逃れたのは、ハリーの両親とネビルの両親だけで、ハリーとネビルどっちがヴォルデモートの宿敵になっても良かったのです。けれどヴォルデモートは混血のハリーを選んだ)
病院で回復不能に狂った両親を見舞うネビル。正気を無くした母がお菓子を一生懸命ネビルに渡そうとする場面を見て、胸を痛めるハーマイオニー達。。。
愚鈍だと思っていたネビルの重い境遇を知り、彼らも人生の深淵に気づくのです。
実際に闇の魔法使いとの戦いで、一番最後まで戦えたのはネビルでした。両親を苦しめ、実質両親を奪った闇の魔法使いに対抗する決意が強かったのと、痛みを知る分、優しく強さ公正さを備えたネビルの人柄がよく描かれていたと思います。
鈍重だったネビルの成長ぶりは、今作誰しもが心打たれ勇気を得られる部分でしょう。

※~人生は喪失と獲得の連続である
シリウスの薄幸で波乱の人生を思うとあまりにやりきれないものがあります。
暗い境遇にあった自分を庇ってくれた最愛の友人を自分のミスで死なせたシリウスにとって、その親友の忘れ形見を守って逝った最期に満足している、シリウスは愛ゆえのミスでジェイムズ夫妻を死なせ、その子ハリーの愛ゆえのミスでシリウスは死んだのだから本望だろうと、、、
いくら自らにいい聞かせても、残されたハリーの孤独を思うといたたまれませんでした。
けれど、最後の1ページを読み終えると、何故か、温かい希望に満たされます。
それはシリウスが生きている時、見えなかったものが、よく見えるからです。
ハリーは、本当は幸せなほどに、多くの人に愛され支えられ存在しているのだという実感です。
「泣くなハリー!君の側にいるのは、ハグリッド、ロンハーマイオニー達友人だけじゃない。ダンブルドアにマクゴナガルという祖父母、ルーピン先生という父、ウィズリー夫妻という叔父叔母、、、肉親同様の愛を注ぐ存在がいる!」って、絶望の淵にあって、改めてその幸福が光を放つのです。
実は娘のネタバレでシリウスが死ぬことを私はあらかじめ読む前から知ってました。けれど私はシリウスよりもルーピン先生の方がハリーにとって重要な人物に思えたので、シリウス本人はともかく、ハリーにとってここまで重大な悲劇に思えなかったんです。
でも実際に読み始めたら、結局ハリーが苦境に喘ぎ焦燥感を抱いているシリウスを心配している分、ハリーはシリウスにより自分に近い存在と感じている思いにすっかり同調してしまって、ルーピンら不死鳥の騎士団の存在を忘れるほどでした。
(往々にしてルーピンのような人格者は、尊敬できるけれど遠い人のように思え、欠点のある人間に惹かれる心理が誰しもあるように思われます。)
そのシリウスを喪失して、それまで空気のように当たり前だった他の人達の愛情が、こんなにもハリーに注がれていること、その幸福を改めて知るハリーと同じ気持ちになって、周囲への感謝の念で読み終えることができるのです。
絶望の中から生まれる希望、、、物語の〆として至高でありながら、珠玉の傑作でしか味わえない言いしれぬ余韻に満たされたのでした。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

確か、ローリング女史は若くして母親を亡くしています。またハリーポッターを執筆中、シングルマザーとして子育て中だったことがよく知られています。
その亡き母への思慕と我が子への情愛が、こうまで深く緻密に愛の普遍性や人間の成熟過程を見事に描けるのでしょう。
独自の魔法ファンタジーの世界が読書嫌いの現代の子供達をも飽きさせないで、これだけの長編を読ませる筆力なのですが、結局作者の心に輝くその描きたいもの本質が、誰の心にも潜んでいるものであるから(かつての私ように親の愛を否定して生きてきた者にさえ心の奥にあるもの)、ここまで感動と共感を呼びさますのだと思います。
表現手法は違いますが、スターウォーズがルーカス監督の父性愛なら、ハリーポッターはローリング女史の母性愛の産物です。愛の原点であり、生命の賛歌です。
より原始的でかつ普遍的なもの、愛から憎しみは生まれ、時に人の運命を狂わせるけれど、それなしに人は生きられない、、、そんな、人の生の神秘全てが、この後訴求力を持って巧妙に展開されることは間違いないでしょう。

「炎のゴブレット」の時の感想メモを書いていたのですが、結局アップしないままになってしまったので、今作は感動の余韻が残ってる勢いのあるうちにと、早々に感想アップしました。
いつもながら、思いつきで書き殴ったので、まとまらなくてすみません。


関連記事
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://fuzakeoni.blog3.fc2.com/tb.php/262-31744d4b