ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

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ピアノの思い出

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画像、デジカメにいっぱいたまってます。ブログに使えるかどうかはともかく、、、プリントアウトしないと結局撮って満足に終わりそうな気がします。
ピアノ

去年の9月頃だったか、3号のピアノ発表会の写真です。こういう衣装を着るのは楽しみのようですが、どうもピアノそのものに対しモチベーションが続かないようで、今月でやめることにしました。またいつか自分からやりたいという日がくるまで、待ちましょう。

私の子供の頃に出会ったピアノの先生は、りんご農家をしながら子供達を集めてレッスンしてくれてる方でした。月・火の好きな時間に行って、順番が来るのを待つ間、漫画読んだり、トランプしたり、広い庭と畑で鬼ごっごや陣取りをしたり、、、、順番もアバウトで次誰?俺。とか俺後でいいから先に小さい子やっていいよ、とか、誰も時間に追われることのないまったりとした時代でした。帰りが夜9時頃になって、友達と途中で別れて一人で帰っても平気という時代でした。
秋なるとりんご畑に連れてってもらい、りんご、なし、ぶどう、桃、好きなように食べていいと言われ、時を忘れてあれこれ食べまくり、遊びました。先生と教室のみんなで近くの山に鍋背負っていって、先生が全て用意し作ってくれた芋の汁に舌鼓をうちました。
先生はいつ遊びに行ってもいろいろな種類のりんごを剥いて食べさせてくれ(納豆ごはんもずいぶんごちそうになったっけ)、雪の日は雪合戦やそり遊びや竹スキーをし、雨の日は先生が話してくれる話(オリジナル創作話)を聞いたり、、、子供一人一人を愛し、そしてユーモアたっぷりの先生を囲んで過ごした子供時代、、、、私にとってあの日々はなんと豊かな時間だったかと懐かしく思い出されます。
一方今の子供達にはそういう場所がないのだなあ、、と。
私自身もああいう先生は生涯2度と会う事はないだろうと思います。
言われれば、宮沢賢治が夢に描いた生き方を少し実現していたような人でした。

もちろん、ピアノの指導力も優れた方でした。戦後独学で研究されたそうですが、非常にわかりやすい教え方でした。どういう練習をしたら、できない子でもひけない部分をひけるようになるか、具体的に教えてくれました。また子供が興味を持つような話術と哲学をお持ちでした。後に指導法を出版されたそうです。本当に頭の良い人とはああいう人をいうのだと思います。
厳しい時はそりゃあ厳しくて厳しくて、秋冬に数回ですが発表会近くなると朝5時とかに呼び出されて練習させられ、運動部の特訓並の練習量でした。(彼は戦時中、女学校の教師だったそうです)また合唱コンクールの伴奏にあてられると、いつでもどんな時でもレッスンを無料でしてくれました。私は中学3年でやめましたが、でも確か高校2年の時合唱部に頼まれてハレルヤコーラスの伴奏をした時、快く放課後夜10時くらいまで、そして朝5時から6時くらいまでつきあってくれました。

その先生は今は白寿を迎えた頃と思われます。未だに元気にお過ごしのようで、いつか尋ねてお話聞きたいものだと思ってたところ、彼のあの40年前からあまり手直ししていない古い家が、火災に遭ったと聞き、お見舞いを送りました。今はどこかの施設に一時的に住まわれているそうです。
春になったら尋ねていきたいと思います。10年ほど前に夏休みの間だけでも1号にピアノを教えて頂こうと思って連れってたことがあり、それ以来ですが、きっとあの方のことだから明るさを失わず元気でいて下さると思うのです。
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