ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

太王四神記 最終回感想 パート3

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

○大長老の誤算
ホゲがチュシンの王だと思ったことが最初の誤算ならば、封印を解くと天の力を手に入れられると思ったことが大長老の最大の誤算。
いやー私、最終回までずっと心配していたんですよ~。4つの神器でシンダンスの封印が解けたら、一番起こりそうなことって、なんとな~く妖怪退散!!の浄化パワー発動じゃないかって。思いませんでしたか?青龍の神器であれだけやられるんだから、4つそろって攻撃されたら大長老やばすぎじゃん;て。
あーあ、案の定だったよーー;だから、封印なんか解くことに執心するのはどうよって思ってたのよ~;<大長老様。←狡猾そうで意外と抜けてるところがかわいいぞv

○刻印と憑依
刻印すると本人の意志に逆らって、火天会の指示通りに動かせるんだよね?
私が大長老だったら、一人でも多くの人間にどんどん刻印しちゃって、その人間を駆使して世界征服しちゃいますけど。。。。
例えばホゲやヨン・ガリョ、重臣に、パソンにタルビ、いくらでも刻印するチャンスあったんでない?拉致されて、刻印される人とされない人の違いは何でしょう?
アジクに刻印出来れば話はすごーく早かったんですが、、、、多分神の血をひいてるから無理なのね。でもそうかどうか、一応試して合点して欲しかったです(笑)。
あと記憶も消すことが出来るなら、いっそキハの記憶を出産後に消してしまえばもっと利用価値あったと思うのですが?
キハに憑依してアジクを殺させようとしてましたが、刻印によるリモートコントロールよりも効果あると思ったのですかね。
キハを刻印でどの程度操れるのか、試して合点して欲しかったです。
もう今更ですが、サリャンを刻印操作か憑依して、赤ん坊を取り上げておけば良かったですねえ。。。
とか、後の祭りですが、悔やまれます(おい)。

○血と心臓
シンダンスの封印を解くには、天孫の「血」が鍵になるって18話の療養中の洞窟で言ってましたが、それが「心臓」に変わったなと思ってたら、かすり傷の「血」だけで神器は発動しちゃいましたが、、、、、。好意的に補完すると天孫の「血」で神器は覚醒するが、それを制御するのに、神器の持ち主の「心臓」が必要だったんでしょうかね、、、、

それとええと、大長老はキハの朱雀の神器の力をもらって、妖力を駆使してるんですよね。だから、何回襲われても、キハを殺そうとはしないんで、ちゃんと気を失ったキハをベッドに優しく寝かせてくれてたんですよね。大切なエネルギー源だし、失敗してまた2000年待つのはごめんですもんね~。わかるわかる。でも、もしキハに女の子が生まれたら、さっさとキハを殺すつもりだったでしょう?←お主も悪よのう、、、

○道化師の悲劇
大長老の次にツッコミどころが多いお師匠様。この二人のおじさんが画面に出てる時は、味わいあって面白かったです。
ヒョンゴ師匠様は太王の参謀役という肩書きでしたが、意見は全然通らず、導師というよりまんま道化師。あの黒朱雀の赤ん坊を救った青年が、数年でこんな風に老いるとは@@;コムル村はある意味、恐ろしいところかも(おい)ひょっとして、大長老が若返ると反比例してお師匠様は老いるのかと?か、深読みした私も道化です;

まじめな話、

ヒョンゴは狙って道化になってるところも多かったのですが、けれど期せずしてドンキホーテのようになってしまった本当の悲劇は、彼にとって言い伝えや神器が絶対だという価値観が、当の太王はそれに懐疑的で、不合理なものと感じていたことでしょう。
少なくとも太王は、四神や天の力を自ら積極的に利用しようとしたことはなく、最後に超常力を使う敵に対してのみ発動させただけでした。
神の子ではなく人としての為した業こそが、太王の偉業でした。

ファヌンは天から降臨しただけで、実際戦ってもいないし、天の力がどう人に影響を与えているか人の世を生きていないので、実感できなかったでしょうが、人として生きた天子タムドクは様々な痛みを抱えて生きています。また青龍チョロ、朱雀キハは、天の力が人間界に残した影響や神器そのものによって苦しんだので、最後のチュシンの王の選択を理解するでしょう。
数千年前も、天の支配の恩恵を享受し歓迎する者もいれば、損害を受け災いと感じる者もいたと思われます。ファンタジーとはいえ、現実世界に置き換えてみると、発展途上国の内紛に成熟した社会の先進国が、平和のためにと介入すれば、歓迎される向きもあれば弊害もあることに思い及びます。難民の村で、難民はいつの時代もいる、というキハの言葉と共に、作り手の小さなメッセージを見いだせるような気がしました。

でも玄武ヒョンゴ、白虎チュムチは現世を肯定的に生きており、天の介入にも否定的ではないので、いきなり昇天させられたのは悲劇としかいいようがないです。
ひっかかるのは、神器が守り主を選ぶという表現からして、四神は転生ではなく、人間が神器によって四神に選ばれたという意味合いが強いと思えるのです。
チョロとキハは前世の記憶があるので、転生かもしれませんが、ヒョンゴとチュムチは違うように思います。彼らは元々人間でしょう。なので、彼らの意志に無関係に天に帰すことが、生命を奪うことと違うとはなかなか思えないのですよ。なので彼ら二人は人間に戻して終えてくれると、もっとすっきりしたような気がします。
彼ら二人もまた、人の世を生きた証として、人間界との永別という悲哀を味わわせられたのかもしれません。

○シンメトリック~選ばれし者と選ばれざる者
小さい頃から、チュシンの王に選ばれし運命を告げられた時、誇らしげな顔をするホゲに対し、複雑な顔をしたタムドク。いろいろな場面で対照的に描かれた二人ですが、それ以外にも、いろんな事象を対比して描いていて、漢詩の対句のような描写がこの作品の味わいでした。
タムドクが首長の息子を殺害した嫌疑が晴れていくのに対し、キハが先王を殺害した嫌疑はそのままになっているのも対照的でした。
関連記事
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://fuzakeoni.blog3.fc2.com/tb.php/285-7e46e1c4