ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

無敵超人ザンボット3の感想

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

残虐非道な人間刈りを楽しむ宇宙人。
宇宙人の真の目的は、宇宙に害なす悪しき生物を根絶することだった。
多くの犠牲を払って得た勝利はあまりに苦い。
「宇宙にとって地球人は悪である」というテーゼに愕然とする主人公。
果たして人類は、命を賭して守るに値する存在たり得るのか?

少年の胸に沸き上がる疑念。正義と信じた闘いの中にいつもつきまとってきた不条理の小さな痛み。
ぬぐい去れぬ記憶の隅に、異端者である神ファミリーへの人々の偏見が突き刺さっていた。
命を賭して地球のために戦った彼らに、人々はあまりに冷淡だったではなかったか。
神ファミリーが、外敵を呼ぶのだと、謂われなき中傷をしたのではなかったか。
その不条理の想起は、彼の戦士として強化されたあらゆる精神を打ち砕き、彼を恐怖に怯える本来の男の子に戻してしまう。
闘いの英雄は朽ちかけ、今や脆弱な女子供に、本来の少年に戻りつつある。
一族の年長者はその命を代償に、庇護されるべき非戦闘員を地球に生還させるために散っていった。

恐怖と絶望にうちひしがれた少年は、失われた命を思いを馳せ、わずかな肯定で自らを癒そうとする。
たどり着いた故郷の駿河湾。
打ちひしがれて生還した彼を温かく迎えるのは、かつて彼らを非難していた住民達だった。

命をかけて、守るに値する故郷が、まさにそこにあった。

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さらっとですが、初めてちゃんと通して全話見ました。とっても良かったです(^^)。

昔、ボンさんに勧められた時、話の感じから、最後はイデオンみたいにさぞかし凄惨で、鬱な結末に違いないと想像し、ちょっと構えて見たのですが、、、(^^;)
きわめて健全で良質なロボットアニメでした。(もお~、脅かさないでよ~)
グロさは全くなく、日常にユーモアがあり、小学生に見せることに抵抗ない、むしろ子供に見せるロボットアニメとして理想的な作品だと思いました。(もちろん、私の感じ方が子供の成長と共に鈍磨したせいもあるかもしれません。この辺は※1後述します。)
富野作品の中では、明暗非常にバランスの取れた作品で、富野氏がガンダムで話題になる前の作品だけに、根底には人間に対する温かい信頼があります。(言い換えれば、ガンダム以降人間不信が募った証左ではないかと)
既存の価値観へのゆさぶりがあって最終回は衝撃的に見る者に迫って来ますが、決して人類にダメ出ししてはいないです。後のイデオンで描かれた人類粛清へのモチーフは見えますが、絶望に喘ぐ苦い味わいはなく、理屈抜きの元気と前向きな希望を主人公に見いだすことが出来ます。最後に主人公がその明るさを失いかけますが、今度は人々が彼にそれを与えるという、人の持つ善良さに満ち溢れた作品です。

くわえて、富野氏が守りに入ることなく、挑戦する姿勢が伺える時代の作品で、冴えと勢いを感じました。
「人類こそ宇宙の病理」というシニカルな視点はその後の作品と共通しますが、イデオン以降の作品に先鋭化する次の要素が見あたらないせいで、これでも非常に健全だと私には感じられます。まだ富野氏も周囲の雑音に煩わされなかった良き時代の作品なのかもしれません。

ザンボット3に見あたらない富野作品の特徴
1,機能不全家庭
2.病んだ主人公
3,ヒステリー女&毒婦
4,美形敵キャラ
5,痛い好敵手
6,小難しい理屈

こう列挙するとすごいネガティブな要素に思えますが、1~6があるから良いと言える作品もあり、その要素を求める世代があり、求める気運もあるのも確かです。これもまた後述しますね。※2
特にこの作品において、「1」は真逆のベクトルで、むしろ新鮮さを覚えるほどにこの作品では特徴的です。高齢者から幼子まで、多様な年代層と若者が交流するのは富野作品の定番ですが、それにしても家族単位の部隊編成というのは、非リアル系の他の作品では良くあるけれど、リアルな富野作品にはあまりないという印象です。安彦氏の優しい絵柄とマッチして、人の絆を感じ、古き良き時代、昭和の日本の香りがしました。
主人公達が周囲からの偏見をはねのける強さを持てたのは、家族親族という旧来のコミュニティ(※3)が背景にあるからでしょう。

○人間爆弾
凄惨なイメージが先行しがちな人間爆弾の件は、スパロボで見てたので心構えは出来てましたおかげであまり驚きませんでした。またキャラクターに極端に感情移入させない、適度なキャラとの距離が保てるので、冷静に見ていられたのかもしれません。もちろん、浜本のリアルな叫びに胸を引き裂かれそうで、人心を解さぬふざけた宇宙人の残虐非道さに憤りを覚えました。これが、宇宙から俯瞰すれば残虐非道なのは人間だ、という、最終回の価値観逆転の布石となっていることはお見事というしかないのでした。

わずかな引っかかりを挙げるなら、「宇宙戦艦ヤマト」的特攻の多用でしょうか。
特に誰かを庇うためのとっさの行為としてなら、自己犠牲も素直に受け止められますし、年長者が若い者のために、という要素があればなお親心として、というか生物として、そういうものかなと思えるのですが、、、
若い少年少女、ケイコと宇宙太についてはおいおいちょっと早まるなよと、やや自己陶酔気味と感じました。線引きは微妙ですが、その後の兄叔父達が命をかけて勝平を救った部分については素直に受け止めることができます。
親が子を救いたい、兄姉が幼い弟妹を救いたい、英雄が愛する者を救いたいという気持ちは、自然の摂理で、その気持ちに勝るものはないと思えるので、オッケーなのですが。。。
ガンダム以降の富野作品では、そうそう安易な攻撃のための特攻は描かれてはいないと記憶しているので、多用したい描写ではないのだろうとは思います。

○最終回のベストシーン、
漆黒の闇の中で、つまんないことしたんじゃなかったよね?と死んだアキに問う勝平と、半身海に沈み骸と化して虚空を見つめるザンボAの涙にマッチして、虚無感が切なく迫って来ます。
闘いを終えて力尽きた少年を膝枕で温めるミチ、見守る香月。
やがて少年の生存を歓喜で迎える人々が集うのでした、、、

おお。アニメの最終回というのはこういうのを言うんだよ~と、これは絶対子供に見せたいと思ったので、3人全員に見せました。
みんな最終回を神妙に見てましたが、最後の最後に救いがあって良かった~と一様にほっとしてました(笑)。
1号はその後もわざわざDVD再生して、熱心にアキと浜本の最期を見てまして、「ううわあああ、悲惨~;」と。(「はだしのゲン」と比べてどうよ。)
メインキャラクター死亡という点において、当時の作品としては特段突出して多いとは思えないですが、それは私の感覚の軸が悲劇にズレているせいかもしれません。
ここまで淡々とした感想ですが、それでも衝撃はありましたよ~

○衝撃1
一番違和感あったのは、森功至さんが演じる容姿凡庸なサブキャラって初めて見た気がして@@(←ツッコミどころはそこかい!)
いや、まじで宇宙太君、最期に「カッペイ」を呼ぶとは、さすがガルマ。お姉さん喜ばせすぎ~(おい)てっきりあそこはケイコか、パパママを呼ぶかと思いました。
香月君の「惚れてる」告白ににやりと笑う1号に、ヒジョーにヤバイものを感じるのでした。(腐)

○衝撃2
てっきり勝平を優しく迎えるのは母親だろうと思ったのですが、ミチだったとは@@;
自分も含めて、アニメに常に美形を求める傾向あるのですが(自分にはないから)、この作品では不美人なミチが、イデオンでいうカーシャの役に落ち着いていて、とってもナイスでユーモラス。
懐に大きなふかし芋を入れた時の温かさに、非日常の緊張が解かれていくのでした。

○衝撃3
犬だけは、犬だけは殺さないで~、人間は悪でも犬は悪ってガイゾックは一言も言ってないもん!うわあああん、千代錦ぃいいい~;;;;(←愛犬家の悲鳴)

あ、そういやまだ、スパロボZでアキの救済に成功していないと1号に言うと、「早く救ってやれよ」とどやされましただ;
そうそう、スパロボのミチとアフロディアのリンクはどこにあるのか。目下思案中。
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