ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

ザンボット3感想付記~好みは気分次第

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

6月20日付けで無敵超人ザンボット3の感想を書いた日、※注を3つ付けて、自分で勝手に宿題にしてたし、
その付記書きながら、りとめもない雑談です。

※1 理性より母性本能
自分は理性的に物事を判断してるなんて、幻想だと思う。究極、快も不快も脳内の伝達物質に支配される。そのとき置かれた環境による気分とホルモンバランスに大きく左右されているという気がする。まして嗜好の問題はそう。
だから、若い頃は過激な映像にも馴れてしまってたいがいの映像も漫画も平気だったのが、子供を持ったとたんに食べ物だけでなく、趣味の嗜好も変わって、刺激に弱くなる。これは、母親なら多少の差はあれ経験するだろうと思われる。
たいがい幼子を持つ母親は、過激な(いわゆるエログロや暴力的)描写を嫌悪する。それは母子一体を強化させようとする本能のなせる業で、子育てをする上で、母子共不健全な精神を忌避したい自然の摂理だと思える。男性が若い女性に目がいくのとある意味根っこは同じというか。
むしさんも結婚する前エヴァンゲリオン好きだったのが、あの私もうっかり見てしまったグロい映画をよりによって妊娠中に映画館で見てしまって具合が悪くなったとか、、、遊さんもアングラもの好んでいたのが、今じゃ近づきたくもないと言ってたのを思い出す。
そのエヴァも今や健康的な作品にリメイクされてるとかで、盛り上がるムードも時流で、往年のファンが喜ぶ姿は結構なことではないかと思う。

30年近く昔、多分、82年の冬だったと記憶しているが、、、
デパートの玩具売り場のTVで、イデオンを流していて、それをこわごわ見ている小さい子がいた。そのお母さんがTV見て、「気持ち悪いね~、こんなの見ないの見ないの!」と、子供の手をひいてそそくさと立ち去ったのを見た記憶がある。確かそこはコスモのモノローグシーンで、色彩全体が反転してるシーン、ドクンドクンという心臓のような効果音が流れてて、別に鬼太郎やナウシカと比べてもグロくも残酷でもないし、至極まっとうなシーンだったのだけど、映像の雰囲気が気味悪かったのだろう。
その当時、私は学生だったしイデオンは好きな作品だったので、その拒否反応を見せた母親に腹が立ち、悲惨なことからを目を覆い隠して子供を育てようなんて、親たちは間違ってると思ったりした、青い時だった。
今はその母親の気持ちがいくらかわかり、確かにある程度子供が大きくなるまでは積極的に見せたい映像ではないね。と、いう話をボンさんの掲示板で話題にしたことがある。
その時説明不足だったかなと思ったのは、だからといってイデオンという作品を私は子供に永遠に見せたくないと思っているわけでないということなのだ。強要するつもりもないが、時が満ちれば、レディネスが整ったら、個人的には見て欲しいと思っている。
私自身、子供がまだ小さい時は家族愛や子供のピュアな心を扱った作品を積極的に見たいと思ったし、だんだん子供が大きくなって思春期になって来ると、比較的ハードな若者向けの作品にも興味が向いてくる。またある程度同じ傾向のものを見続けると、違う傾向のものが見たくなる、、、
要は自分の置かれた環境や気分によって、その時求める作品傾向が変わってくるってことだ。
また自分の場合だが、どうも心理的危機に陥った時に限って、恋をしたくなるみたいにアニメにはまってしまいがちで、あまり認めたくないことだが、結局理性より本能に近い、脳内環境によって、その時良いと思う作品が決まってるような感じもする。
愛も本能だそうで、ま、そんな感じ。
常に欠点のない完全無比な人に惚れるかといえばそうでもないのと同じで、タイミング的にこっちのそういう気分にすぽっと入ってくるもの、それも割と不完全な作品に惹かれたりする。自分が不完全だから、その隙間を埋めるために恋をする感覚に近いかな。

※2 その年代が求める作品

思春期には、思春期の感性に訴える作品が良いと思えるのは当然で、そういう作品はあっていい。
猿で言えば生まれ育った群れを離れる離れ猿の時期で、人間も物理的にだけでなく、精神的にも親や育った共同体を客観的に見るために一反離れて、親や既存の社会を一度は否定し、一人になって改めて自他を見つめる時期だ。やがて自分がそうであるように、親も単なる人間と知り、今度は自分が新たな群れを作り、社会の一端の担う責任を負うまでの修行期間とも言える。
私にとって10代後半は、家族愛は自分にとって最も遠い、意味のないものだった。
だからガンダムに惹かれたし、おそらく当時もし視聴していれば、ザンボット3を好きだったろうが、主人公の家族関係が理想的な分、自分にとって大きな影響を及ぼす作品にはならなかったかもしれない。
だから、機能不全家庭があって良いと思える作品もあれば、ない方が良いと思える作品もあって、どっちもあっていい。ただきちんと家族関係描こうとすれば、逆に問題点は暴かれていくものだろうとは思う。
同様に、若者向け、ファミリー向け、どっちがいいとか悪いとかでなく、どちらもあっていいし、見せる対象に配慮し、見たくない人見せたくない人の自由を尊重して、棲み分けがなされてれば無問題だという話。

ザンボット周辺話題、この後続きます。
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ところで、ちょっと気になったのは、、、、昨日、イデオンのED曲名失念して、ウィキペディアをちょっと見たら、
「イデオンは一部視聴者やPTAの苦情によって、放映中止になった」という記述があって、それって本当なんだろうか??ウィキではソースは明らかにされていないし、ぱっと見、それを裏付けるものは検索で出てこない。所詮、ウィキペディアの情報だから、話半分とは思いつつ、この真相、知ってる方いたら、教えてください。
というのも、イデオンのTV版自体は劇場場と違い、そんなに残酷でもグロくもなかったし、あれをちゃんと物語わかって見ている親が当時本当にいたんだろうかとか、、もっともらしいようでどこか煽ってるようなデマに思えるのだけれど、どうなのでしょう?

ついでに、同時期、バルディオスも放送打ち切りになったのだが、あの放送内容で苦情いう親が本当にいると思えない。。。全然グロくないし、打ち切り決まった頃の放送内容は特にハードでもないし、イデオン以上に、商業的な問題しかあり得なさそうだけど、、、。誰か真相知ってたら、教えてください。
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