ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

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秋は読書

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カーテン越しに窓から吹き込む涼しい風が心地よい、読書の秋です。

夏休み、子ども達が読んでた本、何冊か手にとって見ました。
3号が何度も繰り返し読んでた、西原理恵子さんの「この世でいちばん大事なカネの話」を早速読みました。不遇な家庭環境、負のループから抜け出すことの難しさを、著者自身の体験と、発展途上国で取材し、見聞きしたことを話題に考えさせてくれます。グラミン銀行の話や、アルコール依存症を克服した亡きご主人の話は、ちょっとじーんと迫ってくるものがありました。私自身はあまり理想的でない家庭で育ったと思っているので、強く感じるものがあるのですが、さて経済的にそんなに困窮したこともないし、両親仲良い(自分で言ってどうする?!)育ちの3号にはどのくらい、わかるのかなあ。。。
2号は「金色のガッシュ」の影響で新潮文庫の「フェルマーの最終定理」をことのほか熱心に読んでました。ぱっと見、私はこれは読めそうにないかな。あとは「源氏物語」の解釈本を読んでましたね。
源氏や1号が読んでたカフカの「変身」や遠藤周作の「海と毒薬」はとっくに読んでるので、お前らまだまだだな~って気分になれますが、こっちは世界史系の新書本はさっぱりなんで、、、
まずは週刊子どもニュースの池上彰氏の「大人も子どももわかるイスラム世界の大疑問」を1号から借りて読もうと思ってます。池上さんというと、「学べるニュースショー」という番組を今週初めて見ました。そしたら、今週で終わりなのですね。すごく、面白かったのになあ。惜しい。
でも後番組はアニメだとか。ほほう。東映アニメの「怪談レストラン」が10月からスタートのようで、原作子供ら好きなので、見たいと思います。
そういや、新訳の「カラマーゾフ兄弟」もバッグに入れたまま。
なんだかんだとさっぱり本も映画も手つかずのまま、いろいろブログに書きたいことも棚上げのまま。
こんなんじゃダメだなあと思って、昨日は「ルワンダマラバ」という珍しい豆で濃いコーヒーを入れ、気合い入れてノーベル物理学賞受賞された益川敏英氏の「科学にときめく」という氏の講演や記事を集めた本を読みました。

益川さん

去年ノーベル賞受賞した科学者さん達は、皆さん拘りがあって、勤勉で哲学的で、個性的かつユーモアがあって、なんかノーベル賞とるような科学者ってさすがにすごい人たちだなあ@@;、って、畏敬の念でTV見てたものです。思えば昨年、なんか暗い世情の日本に活力をくれた一番のグッドニュースでしたよね。
その受賞者の一人、益川さんの本。一見、平易な話言葉で語られた文章だったんで、気晴らしにさらっと読めるかなって思って、手にしたのですが、、、

「対称性の破れ」とかクォークの話や唯物弁証法の件は、もう何がなんだかわからないという、、
(宇宙は極端にバランスが悪いから出来たってのは、なんとなくわかって、SW的に何事も中庸フォースも中庸では、何も生まれないわけね、とかその頃思ったっけ、^^;)唯物論とか、弁証法は、高校の頃はそういや習ったけど、もうよく覚えてないし、それに物理が結びつくと、全然理解がついていけませんでした(笑)。
物理学者って、本当にあらゆる事象を考えているんですね。頭が違うんだなって、しみじみ思いますが、でもその思い自体は、少ない脳みそながらとっても共感できる内容でした。
学問・研究が性急な成果主義に振り回されることの問題点、
教育、ジェンダー、
平和(国家の名でやる戦争はいやだとか)、
科学者の責任、
というあたりは、なるほどなあって、本当にそうだなって、頷いてしまいました。

1972年に

書かれた論文が、実験で証明されたのは2002年。実に30年の歳月の末、評価されたわけです。現代の学問、研究が、成果主義によって競争的資金集めに奔走している現状を憂慮されていました。
「自分は流行に乗らず落ち着いて勉強する」というようなことでは、研究費が降りないわけで、即結果が出ない長いスパンで見た科学の発展を遅らせることになるだろうと。
「評価」も学問と無関係な功利的評価になっていくと、それもまた学問の発展を遅らせることになるだろうと。
産学連携も悪くないのだが、実利を優先すると、本来もっとも汎用性の高い基礎科学がおろそかになるという側面といった、大学の学問の役割を多角的にわかりやすく説明されてました。

細菌学の権威であったパスツールと、昆虫研究者だったファーブルの話が印象的でした。
それまで一度も蚕を見たこともさわったこともないパスツールが3ヶ月で蚕の伝染病対策を施して去っていく姿に、ファーブルは驚きます。ファーブルは生涯かけて、虫を観察してたのに分からなかったのですが、病気のメカニズムという基礎をパスツールはわかっていたので、実物を熱心に観察してる者よりも本質を早く理解できるという、、、
益川さんに言わせると「より基本的なものほど適応性が高い」。
物理において、原子分子を知ることが、目に見える物質を人間に直接役立つ研究する前段として、非常に有用な意味を持つことに、気づかされる内容でした。

「学問」は、人間の役に立つことを研究することなんだが、何が役に立って何が役にたたないかすぐにはわからないので、まずは本人が「面白い」と思うことを追求することだと、以前、社会学の先生に1号が言われてましたが、同じことを益川さんも語っていて、大学の先生方の間では当然のように語られてることなのかなと思いました(^^)。
結構、同じようなことを言ってるような気がします。

彼は文系学者で、大学の独立行政法人化の問題なんかで、理系の人間はダメだなあと、この頃いつも口にするらしいのですが、益川先生は法学のある教授を「失礼ながら、文系にもましな先生がいる」みたいに思ったって一文があって、笑えました。
物理極めるくらいの人は、やっぱり頭脳明晰なんだなと感慨深く思う一方、これだけの研究成果を上げるにあたって、坂田研究室が民主的で才能をいかんなく発揮できる環境だったことを、繰り返し益川さんは力説しておられます。「白い巨塔」に代表される医学部の医局は封建的と言われ大名行列のような教授回診を思い浮かべますし、「芸者小屋相撲部屋大学医局」は、日本の3大封建社会だと当の医局員が揶揄してましたが、少なくとも益川さん達はそういうところではない環境にいたから、あるいはオワンくらげでノーベル化学賞受賞した下村随さんのように、担当教授に逆らえる気概があったから、型にはめられない大胆な研究ができたのでしょう。

私は科学者でも何でもないので、一見生活に遠い話ですが、我田引水するなら、趣味でここで文芸を語るにしても、サブカルの中でより深くサブカルを追求するのでなく、文芸の基礎基本をある程度知った上で、サブカルを見ることで、より本質に迫れることもあるのかなあって思ったのでした。まだまだ勉強不足な自分ですが、「面白い」と思うことを追求していく姿勢は持ち続けたいとこの本を読んで思った次第です。

また益川さんが家庭教育を語る時、非常に親と子が互いに他者として自立していて、依存を感じさせないのがすごく印象的でした。
「成人するまで父親が偉いと思えない子どもは不幸である。20歳過ぎても親父が偉いと思える子どもも不幸である。50歳前後になれば、それまで仮にけんかしていても親を庇護しなければならないという認識が出てくる。」とありましたが、まるで益川さんはこれが至極当然、簡単なことのようにおっしゃいます。しかしそうなるためには、幼少期の関わり方、思春期の関わり方、子どもと適度に距離を保てる安定した親の心理状態が大事なのかなと思いました。

さて、益川さんが、琵琶湖のほとりに小さな掘っ立て小屋を建て、本を置き、週末には薪ストーブを炊いて、本を読んで過ごすのだそうです。
前述の社会学の先生の奥さん、私の親友なのですが、、、、偶然なのか益川さんの影響なのか、、、、彼女の実家である農家の母屋の横にある古い蔵を改装して、別荘を作ったんだそうです。
先日完成した蔵屋敷に遊びに行って来ました。
その日記はこの後に続きます。



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