ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

映画フレッシュプリキュア~おもちゃの国は不思議がいっぱい~鑑賞日記★★☆

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

ちまたの噂で好評のフレッシュプリキュア最新映画。前作初めて見逃したので今度こそ、と思ったところが上映しているワーナーマイカルが近隣にないのです。3号も高学年になったことだしどうしようか悩んでましたが、たまの日曜3号とドライブもいいわって、海の見える街の映画館まで遠出しました。
「プリキュア」見に来た、小さいお子様連れ(男児の割合が多いのにびっくり@@;)で、ショッピングセンターの中央にあるシネコンはとっても賑わってました。近くにマイカルがないのですがたまに行ってみると、子供連れに良い感じの夢のある作りの劇場ですよね。
うちはプリキュアはフレッシュ前までは全シリーズ見てました。でもは鬼太郎が終わったせいもあってフレッシュは見てないのです。てっきり、私は今回、旧シリーズのみんなが出るのだとかんちがいしてました。あれ?、今回はフレッシュのみんなだけだったのね。たぬき&りすの美形プリンスズの出番を期待した私でしたが(おい)、来春は旧シリーズキャラも勢揃いのようで、楽しみは先延ばしとなりました。
上映終了後の春のDX映画特報に、「春も見るんだよね?」と幼児に語りかけるママさんの声が聞こえてました。6年目になりますか。プリキュアの勢いは衰えを知らないようです。
プリキュア1

今回の映画、非言語的子供達に映像で魅せることに力眼を置いた作品に思え、非常に変身バンクシーン、バトルシーンが多く、かつディズニーランドのトゥーンタウンのような色彩豊かなおもちゃの国の世界が、目を楽しませてくれます。とっても映像が綺麗でした。
一方ストーリー性、テーマ性という点では些か弱かった気がしたのですが、玩具販促アニメとしての限界と可能性を探りつつ、女児に心躍る娯楽を、と、とにかくお子様を喜ばせたいという作り手のサービス精神が微笑ましい作風だったと思います。また、親たちを取り巻く現状に肯定的で、批判的視点を潜ませないので、ママにも優しい内容でした。
子供の頃に好きだったキャラクターと、大人になって再会すると、とてもうれしいものです。
私は「魔法のマコちゃん」が大好きだったのですが、大人になってから実家の食器棚の奥で、マコちゃんの描かれたアルミの弁当箱発見した時、「うわ、懐かしい~」と心が温かくなったものです。3号愛用のプリキュアのシューズケース、だいぶくたびれてますが、捨てないで取っておこうと思うのでした(^^)。

さてここからは、ネタバレありです。

ある日、子供達の前から玩具が消えてしまいます。それは子供に捨てられたクマのぬいぐるみが、多くの捨てられた玩具の負の念を集めて巨大化し、子供達に復讐を始めたからでした。
パジャマパーティ(お泊まり会)中のプリキュアの4人は、大切な玩具を奪われて悲しむ子供達のために、おもちゃを取り戻そうとおもちゃの国に出かけます。行く手を塞ぐダンジョンをそれぞれクリアし、ついに復讐鬼と化したクマとの死闘になるのですが、主人公ラブはその怨念の中に自分のかつての心の友達「うさぴょん」がいることに気づきます。自分もかつておもちゃを捨てたことに思い当たり、戦意を喪失するラブですが、仲間にラブは私人ではなく、子供達を救う使命があるプリキュアであると諭され、奮起するラブ。一端は力で敵を制圧しますが、すぐ負の念は再生し更にハイパー化してしまいます。ラブは「うさぴょん」だけは救出に成功し謝りますが、うさぴょんはラブが自分を捨てたわけでないことを知っていました。二人の絆は戻るのですが、他の玩具達は持ち主と心を通わせることはできないため、巨大化した怨念は消えません。
その時プリキュアは会場のみんなにメッセージを送ります。入場特典のハイパーライトをつけて、玩具に光を届けようと。
満点の夜空のごとく、暗い会場に一斉にハートライトが点滅。たくさんの玩具達が、大好きだった子供との絆を思い出し、一つまた一つ、闇から光の中に包まれていくのでした。
最後に残ったクマのぬいぐるみの悲しみに、プリキュアは優しく寄り添います。そして、新たな友達を探してあげるのでした。クマはもう一度子供達を信じようと思うのでした。
だいたいこんな話で、野外ステージショーなんかでありそうなお子様参加型の映画です。
子供はクライマックスのハートライトで大喜びしてました。

にしても、公開から2週間が過ぎてるせいか、観客数に対し場内は割と静かでしたね。笑える日常のシーンが少ないからかなって気もするのですが、どうなんでしょう。
正直、女児向けにしては星矢並に格闘が多い@@;女児をターゲットにした場合のバランスは微妙ですが、場内半分くらい男児だったし、格闘ゲームが好きな大きいお友達も映像を楽しめるし、女児は女児でキャラクターの華やかさに胸ときめかせるし、基本、星矢がコンセプト。(なのか?)良くも悪くも話に何のひねりもないけど、やたら熱いんです。
気のせいかデジモンアドベンチャーを想起しました。それもそのはず、脚本は前川淳氏(デジモンアドベンチャー02、マジレンジャー)ではありませんか!熱いお話になるわけですな(^^)。
デジモンアドベンチャー6話の「パルモン怒りの進化」のもんざえモンの回とか、37話のエンジェウーモン光臨とか、アポカリモンやベリアルヴァンデモンの怨念の実体化とか。
かつてデジモンシリーズの進化バンクやバトルシーンに目を驚かされ心躍らせたものですが、フレッシュは更に優しい色合いなのに(さながら新生児が初めて目にするオルゴールメリーのよう)、映像いっぱいに広がる華やかさが今までになく新鮮に感じられました。さすがフレッシュだvv

4人の中では変身すると髪型変わる子多いのに、あまり変化ないパインちゃんが私的にはお気に入り。
各ダンジョンで、力技でなく優しさで戦意を喪失させたのはパインちゃんだけだったし。ベリーもハリーポッターのチェス戦みたいに頭脳戦だと良かったかなあ。
あと、知恵ついた大人的には、最初は苦手な相手の苦戦中危機一髪のところで(例えばラブがチェスの頭脳戦)、最後のルーレットの出目1が「ステージシャッフル」で、お得意なタイプの敵ダンジョンに変わるとか、勝手に想像してました。あと4人それぞれのパートナーのおもちゃがいて、最後は武闘でなくそれぞれの真心で解決!とか、、、、あったらいいな~とか、ついつい展開にひねりが欲しいと思ってしまう大人の欲目です。

隣でにこにこ映画見てた3号でしたが、プリキュア達がクマの新しい友達を探してあげようとフリーマーケットに行ったところで、、、あ~あ、言ってしまった。言ってはいけないそのツッコミ!
「捨てるのはダメで、売るのはいいの?!」←「しッ!!3号ちゃん、それ言っちゃダメ!!」
ああ、お子様の心なくした3号に何とも言えない悲哀を感じた母でした~;;

迎えに来たパパに3号がこう言ってるのをしっかり聞きましたよ。
「加齢臭ハートは中年の印。加齢臭フレッシュ、キュアおじさん!!」
そういや、揚げたてフレッシュのおじさん、出番無駄に多かったなとか(^^;。

以下またまた大人の目線で語ります。

以前ドラえもん映画「わんにゃん時空伝」を見た時の感想ココにありますが、あの時の結末の違和感ほどでないにしても、大人的には惜しいかなと思いました。
結末的には、ラブとうさぴょんのようにクマと持ち主との再会の方が綺麗なオチになった気がします。例えば安直ではありますが、元の持ち主はあのバザーに来た女の子の姉だったとか、母親だったとか。あるいは彼女とデート中の青年で、彼女が「かわいい~v」と寄ってきて、彼は「どこかで見たことある、子供の頃、このクマと仲良しだったっけ」と思い出すとか、、、。ベタ過ぎですか?
というのは、私にとっての「魔法のマコちゃん」は、成長と共に興味を示す物が変わって行ったものの、大人になってふと心疲れた時に再会して、失った童心を取り戻せることの感動、心豊かなあの頃にもう一度戻れるような感覚をくれるものだったのです。だから一度は君を忘れることもあるかもしれないけど、でもいつか必ず君に返るよ。っていう子供とおもちゃの1対1のパートナーシップを期待したからかもしれません。それはラブとうさぴょんの関係性で描いたのでしょうけど、感動の中心(より救いが欲しかったの)は、クマの方にあるような気がしたので。
思えば玩具もアニメも同じです。子供の頃気に入ったキャラクターに、大人になって再会する時のノスタルジーはその人の心の宝箱ですよね。
もちろんいくつになっても玩具を捨てない(捨てられない?)、ミニカー好きの森永卓さんのような方もいますが、それはそれで少年の心を持ち続けられる心の豊かさですよね(笑)

しみじみ思ったのは、玩具メーカーがスポンサーな場合、いろんな意味で描き方も巧妙になりますよね。(いろんな意味でレジェンズは巧妙でしたよ~)
パジャマ宣伝のためのパジャマパーティは、大きなお友達も喜びそうでナイスでした(^^)
(パパが高校生からフラッシュメモリーを借りたら、中がプリキュアの名前がついたホルダだらけだったとか。毎週TV見てる男子高校生達、映画も見に行ったそうです。)
それはともかく、映画そのものを売ろうとするハリウッド映画との違いとして、物質的に豊かなことと精神的に豊かなことの違いを鮮明にしないあたり、ですかね。
例えば出だしですが、トイ○ラスで必要度を超えて玩具を買い与えられる子と、貧しいながらもたった一つの気に入った玩具を手にした子供、チャーリーとチョコレート工場的対比があるかなと思ったんですが、、、
実のところ、子供は玩具メーカー製のおもちゃが無くても、何が無くても、タオル一枚、どんぶり一個、紙一枚与えておけばおもちゃにしちゃうものなのです。だからママに作ってもらった手製のタオル人形が消えて無くなって、泣いてる子とか出るかなって思ったのですが。。。消えたのは、玩具メーカー製の玩具だけだったような、、、??
穿った見方をすると、大量生産大量消費の社会なら、玩具が捨てられるのは必然なのですが、そこで廃棄ではなくリサイクルにとどめたあたりが巧妙な線だなと思いました。
またママ的に、肩の力を抜いて気楽に見られる映画でもあります。
なまじママお手製のおもちゃが登場したり、うざぴょんを修繕してくれないママが責められたりしないのも、たまにはいいのでは?
さまざまな教育観に翻弄され、紙おむつは手抜きだから手縫いのおむつにしなさいみたいに、子どもには手をかけなさいと説教されるかと思えば、今時の母親は過保護がいけけないと怒られる、、
なあに、ありのままのママでいいよ。手抜きもいいよ、ママ。ゆったりしてね。って現状肯定的劇場アニメがたまにあってもいいかなって思いましたよ。
ええ、どうせ私は、大人になってからさんざんバンダイさんに夢をもらってますから、今更ストイックにはなりきれませんって(--;

そうそう、ラブの家の事情通り、玩具を捨てたり、しまったりするのは、子供ではないのです。母親なのです。大切にしまっておいて、時が流れ孫が産まれた時、それを出してやると今は親になった子は喜ぶものでしょう。
実家に泊まりに行った時、私が幼稚園の時使ったバンビの生地模様のお昼寝ふとんに、私の子供が寝てる姿を見るのはとってもうれしいものでした(^^)。
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