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ガンダムエース9月号過去から未来への歴史的対話「富野由悠季安彦良和対談」感想 Part3

Posted by ふざけおに on   6 comments   0 trackback

3、「海のトリトン」の真実
海のトリトンの衝撃のラストについて、富野氏はこう言及しています。

子供にとって、一番大事なことは何だろうと考え、35歳の自分が出した結論は、とにかく嘘はついちゃいけないということだった。それが『海のトリトン』という作品
何故トリトン族が二千年も怪獣に追われているかというと、それは二千年の恨みを買ってるから。だとしたらもともとはトリトン族のほうが悪いんだという話に、必然としてなる

トリトンというと、30年程前アニメ誌に掲載されていたイデオンライナーノートの一部分だったと記憶していますが、富野氏は当時アニメ誌の人気投票でトリトン人気が高い理由を『「最終回の価値観逆転にある」と自負していたところ、奥様が「違うわよ、トリトンがかわいいからよ」と指摘した。「この女性のかわいいという感覚がわかれば視聴率も取れよう」』と文章を結んでありました。(奥様のご指摘は同性として、私は今でも正しいと思います。)

あの最終回ラストシーン、虚無感に打ちひしがれながら、海の彼方へ消えていく少年。小さな肩に負いきれるはずもない重い真実とその状況に置かれた自らの運命に途方にくれ、それでも少年はこれから生きる意味を問うために前を向いて進みいくしかない、、、、
トリトンの後ろ姿は、当時(小学3年生だったかな?)私の心に、今も鮮烈に残っています。
自らの民族を守り、ただ生き残るためだけに襲い来る敵と戦ったのに、勝利したところで、少年が手にしたものは何だったのか・・・・
あの冷厳な結びは得難い物語終焉の余韻でした。
この作品を、私は大戦後の価値観をどう再構築していけばいいのか、当時の多くの大人達が隠して来た心の傷を、トリトンの心情に重ね合わせ、重い過去を負いながらも前を向いて日々生きるしかない、人の苦しみと生命力を感じたものです。
ところが、富野氏はもっとシンプルに、見ている子供達に正直でありたかったと回想しています。
それは視聴者を最終回にあっと言わせるために意図した技巧ではなく、あの話の流れからしてあの結末は必然なんだと、この対談で述べていて、目から鱗でした。私はひねったと勝手にステロタイプに解釈していた最終回でしたが、本当はまっすぐなだけだったのです。
むしろ既存のアニメの勧善懲悪、正義の勝利こそが、ひねられた物語だったのかもしれないと、どきっとさせられます。
そうか。トリトンの後ろ姿はストレート過ぎるほどの真実だったから、子供心に忘れ得ない作品だったのだと今更ながら思うわけです。
そして更に、彼にとって見せる対象として意識していたのは決してモラトリアム世代ではなく、「子ども」であったことに改めて頭が下がる思いがします。それなのに、当時子供だった私でさえいつしか忘れて、お子様には難解な「俺たちの富野」像を作りすぎてきた功罪に思い当たるのでした。

ガキが怪獣に追いかけられてるだけの話で、ただ怪獣に勝ちました、パチパチってそんなバカな話、作れるわけないじゃない。だってそんなことやったら嘘になるから。」
ところが富野氏は子供に対して嘘はつけないという良心に従って描いたのに、「虫プロの先輩達に袋だたきに遭って、即出入り禁止になった。」とか?!そうなんですか?<虫プロさん;
富野さんが子供の無垢な目を想像して考えていたことは、昨年ポニョを発表した宮崎氏が、
悪人を倒せば世界が平和になるという映画は作らない」と言うのも
日本映画史上、世界中で最も多くの子供達が見たポケットモンスター「ミュウツーの逆襲」を、何故脚本家首藤剛志氏が「不戦」で落としたのか、一生懸命語っている のも、本質的に同じではないかと私は思うのです。
目の前で映像を見ている子供がいることを想像した時、彼らは大江健三郎氏の言う「自然の文法」に逆らえない真摯な作家達なのかもしれません。その希有なセンスを持ちうる作家を、私たちはしっかり見抜ける鑑賞者であり続けたいものです。

余談ですが、

トリトンが女性から見てかわいいのは、キャラデザインもさることながら、あまりにかわいそうで、女性にとってかわいそうとかわいいは感覚的にかなり近いから・・・、当然、そこに苦悩するキャラに自分の痛みを投影してるのでしょうが、やっぱり傷ついた戦士を膝枕で癒してあげたい、銃後の女の幸福を夢想したりするから、、ですかね?どうでしょう?ダメ?(ですよね^^;)
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Comment

囚人022 says... "トリトンに関しては、"
DVDボックスの富野インタビューなんかでも、富野さんは何か本当のことを言っていない部分があるような気がします。
それはやはり、プロデューサーの西崎氏が、虫プロにとっては「親の仇」みたいな存在だったからなんだと思いますが、今でも本当のことを言えないっていうのは、「アニメ史の怪物」が今でも現役で怪物だということを暗に証明しているのではないかと私は感じています。
2009.11.25 22:57 | URL | #TJwDdEqg [edit]
おに says... "Re: トリトンに関しては、"
囚人022様。コメントありがとうございます。

> 何か本当のことを言っていない部分
> プロデューサーの西崎氏
さもありそうな話だなとは思います。仲悪そうでしたしね(^^;

>虫プロにとっては「親の仇」
虫プロにとっても、なのですか。
どうも当時の虫プロと、今の虫プロは母体が違うようですもんね。

>「アニメ史の怪物」が今でも現役で怪物だということを暗に証明
うわ~。そうだとするなら、なかなか・・・・
未だに儲かるコンテンツを持ってると、経済論理からして復活するのも当然だろうくらいに思っていたんですが、そちらの記事読んで、ちょっと考えさせられるものありました。そのうち、このもやもやをお話に伺いますね(^^)。
こちらにもまた遊びにおいで下さいね。



2009.11.26 09:34 | URL | #- [edit]
kaito2198 says... "No title"
正直、昔(子どもの頃)はちょっと辛さ冒険話として受け止めていましたが、ちょっと歳を取って見れば、耐え難い辛さトリトンの葛藤話だと感じました。なので、今だともっとフラットな見方もできますが、やはりトリトンがどう越えていくというところに興味を持てるようになってたんです。
それが、↓の記事で書いたピピとかトリトンが前に進むとかという話です。

BSアニメ夜話『海のトリトン』の感想
http://kaito2198.blog43.fc2.com/blog-entry-365.html

ただ、富野監督の作品はいつもそうですが、子ども(つまり我々)に向かって真摯な態度でお作りになられた作品だからこそ、今見ても恥ずかしくありませんし、宝のように輝いてると私は思います。
そういう意味では…↓の富野監督と鮎川麻弥さんの対談で言及した「一つの作品の持つ力」だと思っています。
http://anime.excite.co.jp/interview/0911txa01.php


>「虫プロの先輩達に袋だたきに遭って、即出入り禁止になった。」
うーん、囚人022さんのおっしゃるとおり、いろいろ複雑でたぶん今でも言えないことですが、虫プロのなかには、確かに「手塚信奉者」というほどのガチファンのスタッフがいまして(りんたろう氏とか)、たとえ手塚先生はそう思われなくても、先輩スタッフたちに嫌われるのも、ありがち嘘でもないかもしれませんね。
2009.11.26 19:18 | URL | #L2WcHO2o [edit]
おに says... "kaito2198 さんへ"
こんばんは~。
そちらのトリトンの記事、興味深く拝見致しました。

ピピのこと、そちらで話題にしようと思ってたことです。
ピピは実はリアル小学生女児なんだろうな~(富野さん、しっかりしてそうなお嬢さんいらっしゃるから、笑)それでもヒロインには違いないんです。
003とか森雪とか、男性の永遠のマドンナ像でないヒロインをその後富野さんは数多く登場させてますが(エルチ&ラグとか)、当時の漫画ヒロインとしてはピピはかなり画期的でしたよ。正直、わがままな子でいやな子であれで人魚姫?(ツンデレ?^^;)、未分化でありつつも「異性」でその高慢さの裏側にある寂しさを、理解できずトリトンは悩むのですが、少しずつ彼女の立場になって考え、仲間として好きになろうと努力していくんですよね。あれくらいの小学生男子と女子児童って、よく教室で対立するものですが(笑)、まして、生活環境が全く違う、都会の少女と田舎の純朴少年がいきなり一緒に冒険したら、ああいう話になるだろうと思えました。

お互い不可解なな異星人(異性人)を少しずつ理解し、少年の方がちょっと大人になって歩み寄って、関係を成熟させていくってのは、ある意味あの年齢なら極めてリアルな展開ではないかなと。
女の子ってのは、御しがたくヒステリックで嫉妬深く高慢だと、肌で感じていれば典型的大正マドンナ像では物足りなくなるんですね。
ピピのような女の子は、ハリウッド映画では当たり前のように登場してますよね。

よくわかる喩えとして、スターウォーズのレイア姫が登場した時、恐らく日本人はなんでこんな性格悪い横暴なのがお姫様なんだと思ったことでしょう(笑)。平成に入ってからでさえ、旧作のSWを見た若者の感想に結構ありましたし。
多様な女性が映像作品に登場し(ラムちゃんあたりからああいのが普通になってましたね)、気が強いがかわいいいんだ、という女性像が当たり前になってきましたが、それまでは定番の神秘的で無個性な女性像がヒロイン像だったことをそちらを拝読して、思い出しました。
アムロが典型的な少年ヒーローでないから、リアリティがあり成長ドラマになったのと同じで、ヒロインもまた定番でなかったから変容(成長)の過程を見ることができて、華のある面白いドラマになったんだと思います。

> そういう意味では…↓の富野監督と鮎川麻弥さんの対談
情報ありがとうございます。最新のですよね(^^)後でゆっくり読みます。
風のノーリプライ。好きでしたねえ。


2009.11.26 21:28 | URL | #- [edit]
囚人022 says... "トリトンはいろんな意味でアニメ史の重要作品"
このへんのリンク先をご覧いただくと、西崎、手塚、富野、そのへんの因縁の深さに「うーん・・・」と感じられるのではないかと思います。トリトンの感想がすっと自然体で書けないのも、こんなの読んじゃったからなんですけどねー。

http://b.hatena.ne.jp/prisoner022/%E8%A5%BF%E5%B4%8E%E7%BE%A9%E5%B1%95/%E6%89%8B%E5%A1%9A%E6%B2%BB%E8%99%AB/
2009.11.27 00:31 | URL | #TJwDdEqg [edit]
おに says... "Re: トリトンはいろんな意味でアニメ史の重要作品"
囚人022様。
ご紹介のサイト、一通り拝読しました。よく状況を把握しきれないのですが、手塚氏が非常に辛い思いをされたというのはわかりました。
この話は知りませんでしたが、私なりに当時から感じているものはありましたーー;。
トリトンという作品に罪があるわけでないですから、作品は作品としてニュートラルに語ろうとは思ってます。

とりあえずこの対談感想終わったら、ゆっくり今度そちらに伺いますね~。

2009.11.27 20:34 | URL | #- [edit]

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