4「母をたずねて三千里」とガンダムは等価
富野氏はSFアニメの巨匠と思われがちですが、この対談で富野氏は「SFはわからない。僕が好きなのはサイエンス。ガンダムはワールドはSFじゃない。」と明言しています。
安彦氏は富野氏がSF好きでないことに驚きつつ、「僕もガンダムがSFじゃないと言われても何とも思わなかった。」と。
私もてっきり私は富野氏はSF通なんだろうと思いこんでいたので、意外といえば意外でした。ガンダムファン=SFファンのイメージなので、多くのファンはそう思いこんでしまうからでしょう。
一方、私自身も安彦氏のようにガンダムがSFじゃないと言われても、別段そうかもしれないくらいでさほど違和感なかったりします。。
後の多くのガンダムファンイコールMSファンになってるのでしょうが、登場する人物や世界をリアルに感じるから、MSも兵器としてリアルに映るのではないかと思います。その感覚は想像はできますが、私にとってはなかなか実感できない感覚です。私にとっては、富野作品の魅力はキャラクターの物語で、実はあのリアルロボットと言われるMSでさえ販促目的のおもちゃにしか見えなかったりしていたのです。特に少女期には全くMSは眼中になくキャラクターしか見てませんでした。未だに細かい機種や性能の違いはわかりません;(詳しい方に熱心に教えて頂くのはとっても楽しいですよ。)
でもそれがわからないからガンダムという作品の魅力なり主題が分からないかと言えば、そういうわけでもないだろうというのが持論です。もちろんそれはわかった方が絶対作品理解が深まるし、楽しめるわけで、その点そういうスキルのない私は損をしているとも言えます。
それにしても、富野アニメは本来私のような者には退屈なバトル場面も、<搭乗者>の臨場感の見せ方は、マジンガーZの如く嘘くさい動きのロボットと違い、ダントツに面白く見せてくれるよねと、当時女学生友達といつも知ったような口で話題にしてました。
「僕はガンダムをやってる時も『母をたずねて三千里』コンテを切ってたけど、僕の中でこの二つは全く等価」
この富野氏の言葉につい舞い上がってしまいました。私にとって、富野世界は、ガンダムもラ・セーヌの星もトリトンも等価だったので。この対談における以下の件に私は注目せざる得ません。
安彦「僕は、ファーストガンダムの富野演出というのは非常に冴えていたと思う。それは『アルプスの少女ハイジ』や、『母をたずねて三千里』で高畑演出の最良の部分を富野さんが吸収して、それを反映させたからだと思う。これって正しいですか?」
富野「正しいです。」
安彦「当時の高畑さんは絶好調で、ハイジはアニメ的ではあるけど、三千里なんかはもうアニメから離れちゃってた。逆にアニメの可能性というのはアニメ的なものの中にあるのではない、そこから離れられるんだっていうことも高畑演出は示していたと思う。」
富野「その通りです。」
安彦「それで僕は参っちゃった、富野さんはあれをレギュラーでコンテ切ってたわけで、やっぱりあそこから学んだものは大きかったんだ。」
富野「いわゆるガンダム的なものや演出の仕事を肉付けしてくれるものが、確かに高畑・宮崎ラインの仕事にはありました。」
我が家は数年前 家族全員で「母をたずねて三千里」を全話視聴してます。私は家族にこれを見せる自信がものすごくありました。
というのも、子供名作劇場最高傑作は、個人的に「母をたずねて三千里」だと私は思っていてかなり前からHPでその話題をしてました。世間的には「アルプスの少女ハイジ」がポピュラーでしょう(これは3号とのみ視聴しました)が、既に小学校低学年で原作を読み尽くしていた私には、原作のハイジのイメージをアニメで上書きすることはどうしてもできませんでした。逆にクオレを読み尽くしていた私は、「母をたずねて三千里」の原作をはるかに超越した驚異的な作品だと気づいて(確かそれまでにも日本の児童文学者が話を膨らませて絵本等にはしてはいましたがスケールが全然違う)、これは実質完全なオリジナルアニメだと当時からわかって見てました。原作クオレでは、主人公エンリーコが修身の時間に先生から聞いた親孝行な子供の話なので、原作を読んだ世界中の子供達も、このアニメには原作のイメージと違うなどと絶対文句を言わないはずです。
異国に住む人々の生活様式や価値観が生き生きと描き出され、子供一人旅で苦労の中、心あるたくさんの大人と出会い別れ、悲しみと喜びを繰り返しながら、最後には瀕死の母を救出するこの物語。驚くほど、1話1話よく練られていて、OPで物語が今後どう展開するのか暗示されていて、最初から描きたいことは何なのかどう描くのか、主題に向かってまっすぐに緻密に構成を練り上げている作品で、まさに骨太という表現があてはまる物語でした。
今時のアニメの、最終回はどうなるか成り行き次第、という手法は、どうしても話が薄くなり、途中ダレたりブレたり、最終回とそれまで描いてきた主題とズレている印象を受けてしまいます。所詮TVで見る無料の娯楽アニメだからと寛容になれる私ですが、そんな甘い手抜きの余地がないほど、「母をたずねて」は充実した内容でした。
これは、安彦氏をして「アニメという枠を超えた」といわしめる、高畑・宮崎両氏の知られざる偉業だと思うのでした。
また安彦氏はこの作品における富野氏への影響を指摘していますが、なるほど〜、ファーストガンダムやターンAガンダムにおいて、宇宙や地球を移動する主人公達が出会う、多くの心ある人々は、まさにその土地の風土やその環境の中で培われた価値観を持っていて、概してZやVのようにエキセントリックに憎しみを振りまくことなく、生活感に溢れ、クルーと心通わせた各話を思い出すと、ルーツは「母をたずねて」なのかもしれないと思い当たります。
また改めて、「母をたずねて三千里」に富野氏の名前がクレジットされていることを誇りに思えるのでした。
