ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

映画「沈まぬ太陽」鑑賞日記★★★★★

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

久々に見応えのある邦画大作を見ました。
視聴後決してカタルシスを得られたわけでないのですが、リアリティがあり私が育った時代の日本を顧みさせてくれる感慨深いドラマです。
久々というと本当に久々に主人と二人(SWEP3以来、夫が映画館に行くのは5年ぶりだよ、おい)、土曜の夜に映画館で見てきました。SWと違い、この映画なら絶対夫が寝る心配はないという自信がありました。ゲーム作家の柴尾英令氏のレビューを事前に読んでいたので、これなら、大丈夫と。
3時間22分という長編映画ですが、間に休憩が入るので、トイレ休憩を心配しないで済むのが、中高年に優しい映画です。是非映画館で、戦後の昭和を追想しましょう。
ちょうど、60年代(高度経済成長期)~(安定成長期バブル崩壊前)80年代の日本社会をジャンボ機墜落事故に、企業成長と労組崩壊を絡めた社会派ドラマです。その当時、私は主人公恩地の息子らと同世代でしょうが、ある種の感慨を呼び覚まされる映画なのでした。
太陽


私は山崎豊子の「白い巨塔」は大好きで、最も高度な倫理感を求められる医療現場において、繰り広げられる華麗な権力闘争に、昂揚しながら夢中になって小説を読んだものですが、、、
「沈まぬ太陽」はもっと鑑賞者に迫ってくる泥臭い時代のリアリティを感じます。権力志向の財前と患者本位の里見のエリート医師達ほど、恩地VS行天の元労組幹部同士の対決はインパクトはないです。行天は財前に似てるようで、結末も財前ほど華はないので。でも鑑賞者に迫ってくるリアリティは、「沈まぬ太陽」にあって、その分娯楽性は薄いかもしれないです。
(もちろん、主演の渡辺謙を始め、役者陣は豪華でした。行天の前半、劣等感に苛まれる脆弱な若い頃と、後半権力に取り憑かれ形相も変わった頃、栄光と破滅を演じた三浦友和の好演が光ってました。また宇津井健との共演は、往年のTBS赤いシリーズを思い出しました。)

「白い巨塔」ほど華やかなエリート世界で済まないのは、日航ジャンボ機の墜落という生々しい悲劇の記憶(あくまで現実の事故はモデルにしたフィクションなのですが)に、かなり見る側の感情を費やしてしまうからですね。最近のJR福知山線の事故でも、似たような企業体質があったのかなあとか。愛する人を突然失う沈鬱さは、二人の男の対照的生き様を観る昂揚とは、一瞬かけ離れてしまいます。遺族の悲嘆と、遺族に向き合う主人公の苦悩を思うと、見てる側もしんどくてつい座席で硬直してしまいました。
その沈鬱さを払拭するのは、石坂浩二演じる会長の企業再生に取り組む誠実な姿です。
政治家、官僚、ジャーナリスト、企業人、労組幹部、、、、権力ある登場人物のほとんどが、利己的で功利的ですが(特に官僚とマスコミにまともなのがいなかった^^;)、割合はごくわずかながら善良な人は確かに存在していて、私はそれを強く感じたのでした。

ラストシーン、アフリカのサバンナに揺らめく「沈まぬ太陽」は主人公の「不屈の精神」を象徴しているというのが妥当な解釈でしょうが、
パンフレットを読むと、角川の社長さんは「沈まぬ太陽」は「企業」だと、石坂浩二氏は「日本」だと受け止めていたのが興味深かったです。(石坂浩二と夕陽というと、元禄太平記のラストシーン、柳沢吉保の「日は昇り、日は沈む」を彷彿させられますな。)
ちなみに一切このパンフの情報なしにうちの主人と私がラストの夕陽を見て思ったのは、、、
主人は、あの夕陽は人間が小さなことに(人間関係やら金儲けやら)にアクセクしてることが、実は地球規模の時間軸から見れば極めて小さなことだという対比だろうと言ってたし(つまり矮小な人間社会からの解放かな?)と、私は私で、「天知る。地知る。我知る。」「お天道様は見ているよ」的、人の誠実な生き様を夕陽は照らし出している(善意は誰知らずともそこにある)と、ラストシーンから強く感じました。
人それぞれ太陽に何を投影するのか、多様な解釈ができるのが、優れた映画を鑑賞する奥深さです。他者の違う角度からの読解の影響を受けて、少しずつ主題に迫っていく過程に、文芸の味わいを改めて噛みしめるのでした。

個人的に恩地よりも、一番自分たちの立場に近く感情移入させられたのは、八木でした。

私から見れば恩地は十分勝ち組に映ります。
もちろん主人公は、功利的勝ち負けを超越し、自分の矜持を捨てなかったという点で、人生に決して敗北しない者と描かれているのですが、一方ではそういう生き方ができる素養や環境に恵まれているわけです。
例えば東大法学部卒という学歴があって、組合でもトップに登り詰めればそれだけの人物という出世に有利な経歴になるわけで(組合員の中にも勝ち組、負け組があるんですね)、その信念を貫けるだけの境遇にあったと言えます。また航空機史上未曾有宇の大惨事という現場において、被害者に誠実に対応できる、企業にとって最もその時必要とされるスキルを彼が持っていたことを、周囲に証明できてるわけです。
でも彼と違い、志を持ったサラリーマンの多くは、結局八木なんだと思えました。
恩地の他者への思いやり、どんなに不遇な扱いを受け傷ついても尚、人としての優しさを忘れない不屈の精神を尊敬するし、人の理想だと思います。
それとは別に、じゃああの懲罰人事が不遇だったかというと、都会のビルと人混みの狭間で生き馬の目を抜く権力闘争に明け暮れる日本から、むしろ彼は解放され、時間の流れの緩やかな中東やアフリカでやれる仕事があったというだけで、左遷とはいえ、非常に羨ましい、恵まれているなあと思えてしまうのです。私は出世に興味がないからでしょうけど、あれで会社を辞めようとは私は思わなかったでしょう。
ほとんどの熱心に組合活動した人は、八木のように見せしめに、仕事のない部署にただ座らされ、監視され、人間の尊厳を奪われるようなところに貶められているわけです。恩地の子供らはイジメや就職差別があったようですが、子ども達はそれをはねのけるだけの力があり、父(恩地)も自分の生き方に後ろ暗さがない分、救われているとも思えます。娘の見合いの時、恩地の矜持には反していて彼は憤慨しますが、父親が「東大法卒」は相手側に効いていたのが、皮肉だなと思いました。
その点、八木達は祖国の会社にいながら、もっと惨めな人生を強いられて、家族はもっと悲惨だっただろうと想像してしまうのでした。

私は、ちょうど恩地の子ども達の世代に当たると思うのですが、、、
私らが10代の頃、もう親達の世代は労組分断が進み、第2組合や御用組合乱立で内紛が起き相互不信になったり、経営側に取り込まれる者と論争に嫌気がさしてしまっている者が、労組批判をしていました。
また過去の運動の結果、職場で不利な扱いを受ける者、子どもの就職差別を受ける者※、身近にいました。私達の世代の目からは、労組のゴタゴタに巻き込まれるのはイヤだったし、仕事そっちのけで馬鹿なことしてるようにしか見えなかったし、理想を貫いてもどうせ八木のような目に遭うだろうという恐怖もあって、良いイメージなかったです。私の先輩は、自分たちが「組合」の意義がわからないのに、若い者に加入を勧められないと苦々しく言ってた頃です。(なので未加入のままです。)
石坂浩二が、「労組の代表がお互いの立場ばかり主張して、お客さんが見えていない、それが会社の一番の問題」パンフに書いてましたが、恩地が終戦の夕陽に誓った「みんなが向かう大きな流れに、単純に流されない人間になろう」という初心を、忘れてはいけないんだと思います。
ただ石坂の言う「一番の問題」は、それは私も似たようなこと思って育ってきましたが、でもそれが経営側の論理によって仕組まれた労組解体の結果ともいえ、客の安全よりも利潤を追求し、社員を道具扱いした企業体質が問題だというのが、この映画ではないのかなとか。。。。(^^;

さて、八木の話に戻りますが、行天の不正を郵送で告発した後、あそこで自殺したら、無駄死になりかねないと冷や冷やしました。
地検が本当に動いてくれるかどうか見届けなくて良いのかとか、告発の裏付けを証言しないともみ消されるじゃないかとか。これだけ権力が腐敗してるのに、地検だけは正義で(というか職責に忠実に)動くとはとっても思えなかったので、焦りました。
これが松本清張なら、地検も巨悪にねじ曲げられるが、個人として告発を取り上げようとする検事あたりが登場しそうなシチュです。
予想に反して、地検は正常に動いたので最悪の事態は免れましたが、それでも八木は自殺し、会長は辞任し、恩地はアフリカへ再左遷。「白い巨塔」ほどすっきりしたオチではないですが、すっきりしないのが現実社会なのでこの終わりでいいんだ、雄大な夕陽の映像が象徴する経済成長期の日本社会とは何だったのか、功罪をあれこれ考えさせられながら、映画館を後にしたのでした。
ちょうど数日前にミートホープを内部告発した男性が、NHKのTVで特集されてましたが、「告発して良かったと思えることは何もない」と自嘲気味に語る姿も脳裏をよぎりました。
そういう日本の陰の部分の反面、巨悪の前に人間の善意などちっぽけですが、確かに善意はあるという光明も見いだせるのです。皆が同じ方向に向かって流されても、自身は不遇な目に合っても信念を曲げない不屈の精神に、勇気づけられる作品でもありました。
また物語のキーマンとして、名もなく惨めに利用された人間の放つ一矢が、巨悪の流れを変えるという筋立ては、とても好みです。

白い巨塔では、色仕掛けにかかって利用された若い医局員が八木のポジションだったと思います。八木ほど深刻な状況ではなかったですけどね。
80年代のアニメが好きなのでそれらで言うと、高橋良輔監督の「太陽の牙ダグラム」におけるデスタンが、いわゆる活動家と言われる人たちの脆さ醜さ哀れさを象徴的に見せていたように思います。もちろん、恩地のような理想的な人も登場します。
山崎豊子は、同じ毎日新聞記者だった井上靖に師事されたそうですが、気のせいか神秘的な女性の描き方や、性接待に男性が陥る脆弱さが、共通してるように思います。
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