ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

遠い世界に

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

遠い世界に旅に出ようか~♪

なんかそんな気分の今日この頃。
明るい太陽 顔を見せても
  心の中は いつも悲しい

遠い世界に」は、五つの赤い風船というより、中学生の合唱コンクールで歌われる青春のメロディですな。
どこか厭世的気分に陥りながらも、明日の世界を探して共に生きていこうって感じの歌です。(作詞 西岡たかし)

週末は、雪の中センター試験でした。明日は我が身ならぬ、来年は我が娘の身。土曜はK予備校の保護者説明会に出かけたのですが、、、
あんべ光俊の歌「雪の日のひとりごと」に求人案内はいつも生きがいのある仕事をと~と歌われてますが、「進学塾はいつも目標は高く持てと」。「志望する学部の最高を第一志望に」と(その子の持つ得点で受かる最高の学部ではなく、医学部なら理三をねらえってか・・・)「取り組みは早ければ早い方が良い」「ゆとりのせいで、子供に無理をさせない親が増えているので、ここは目標を落とさないで頑張らせて下さい」とか、、「キメ細かく対応します」とか、、、、そうは言っても、1号みたいな屈折したのにも対応できるのかなあ、、、結局、結果が悪いと親が悪い、本人が悪い、結果が良ければ塾のおかげになりそうな悪寒。

雪の日の独り言みたいな気分に憂鬱。
愚痴ですけど、、

「努力」が足りなかったと言われればそうかもしれないですけど、人間、結局結果を見て原因を努力不足にしちゃうんだよね。成功体験の積み重ねが人を強くし、努力が持続するやる気になるとしたら、不成功体験はその逆なわけで、、、
2号が不成功や負けを乗り越えて成功や勝利を収め、いわゆる「根拠のない自信」という根拠のある自信持てる人間になってるのに対し、1号や3号の方が高い目標を持って努力してることもあるのに、結果が出ないと「根拠のない自信のなさ」になり、努力する楽しさを実感できないので努力も続かないんだよね。(競馬でも、負け癖のついた馬は勝てないらしいですが。)これって、生活に置き換えると、どんなに貧しくても現状維持できるならそれでも前向きに頑張れますが、頑張っても頑張っても現状より生活が悪くなっていくと、ささやかな幸福を実感できなくなり、やがて心身病むか、堕落していくか、みたいな感じかも。

何とか頑張らせようと叱咤して無理をさせれば勉強勉強!と「無理」させたと世間に責められ、休んでいいよ無理しなくていいよとニートにしちゃえば親が甘いと責められ、、、(byO幹事長)
甘やかせば怠け者になり、厳しくすれば鬱になるし。
どうすりゃいいのさ?

しまいにゃ、どこぞの市長のように医療技術が発達し、本来淘汰されるべき生命まで生かしてしまい、社会保障費が嵩んでいると言われると、じゃあこの子を生体移植してまで生かしたことが間違いだったんですね?とかやさぐれた気分になりますなあ。。。
要は親として本人に幸せな人生を送ってもらいたいだけなんですが、、、あれも無理!これも無理!無理無理無理~なことが多い子なだけに、幸せになるのが難しそうで悩みます。
それにそれを誰もわかってくれなさそう気がして・・・OTL

本人、日曜日にセンター試験解いてましたが、「よく頑張ったね」と褒めながらも(褒めること大事というマニュアル通り)、内心その出来のひどさに凍り付いてました。

もうアタシャどこか遠い世界に旅に出たくなったので、ヒーロー達とロボットと共に世界を救う旅に出ます。その前に資金が必要なので、ボンビーと共に日本全国お金儲けの旅に出ます。

ここはもう、スーパーロボット大戦Zでもやろうっと。
その前に桃太郎電鉄20周年DS版を極めます。
この前のDS版では怒ったファンがいるそうですが@@;、99年プレイできないのと、増資ができない、鉄道会社買えないくらいで携帯用ゲームですから。
20周年はすごいマイナーな市町村まで紹介されてるし、ご当地戦国武将が登場してて楽しめます。

桃太郎電鉄というと、11、12、USA、15、16のPS2版、TOKYO&JAPANと20周年のDS版の7作持ってますが、老若男女気楽に楽しめます。ボンビーそっくりの2号が将来「社長」になりたいのは、このゲームの影響かと(笑)。
最初こそ、家族で仲良くわいわいプレイするのですが、だんだんみんな自分だけが儲けたいので、険悪になっていくという、資本主義社会の写し絵のようで(笑)、そのうちみんな一人で完勝プレイに夢中になるという・・・

今は時間的に余裕がある3号が一番熱心にいろいろなバージョンをプレイしてます。
「鬼に金棒」「虎に翼」「アムロにフィンファンネル」(byケロロ軍曹)
強い者は更に強くなり、富める者は固定化して行くという社会構図を楽しめるのが、仮想勝ち組気分になれて実は快感だったりします。
確か、正月の宮崎氏と養老氏の対談では、傾向が偏りがちで内向きなアニメや漫画よりも、ゲーム作品の方が非常に表現の自由度があって良いというような話がされてました。

うん、これから私は、遠い世界に行くぞ!
最新CGから、平面的レトロなアニメまで同じ空間に存在しても違和感ない世界を救出し、ギャグタッチに明るい絵柄で不景気気分をぶっとばします!(←バカ)

++++++++++++++++++++++++++++++++
そうそう3号というと、最近年頃のせいか子供らしい無邪気さを失いつつあり寂しい限り。
いつも家で漫画読んだり描いたり、ゲームしたり、アニメ見たり(ケロロ軍曹やマリー&ガリーを見てる時はキャハキャハ笑ってますが)、激しくインドア派なので、休日はなるたけ外に連れ出そうとしてます。が、親もまた心身しんどくてなかなか1号2号の時のようにつきあってられないんです。

日曜2号にたまに家にいる時くらいは、一緒に外で遊んでやれと命ずると、「母ちゃんがキャッチボールしてやればいいだろ?」と。
そういや、2号が小学校6年から中2くらいまでキャッチボールの相手、私がしてたんですよね。
今じゃ、なんか考えられないです。。
私はそれまで、男もすなるキャッチボールというものを、したことがなかったんです。小さい頃、背も低く手が小さいので、グローブでボールをキャッチすることが難しかったので。
いつのまにか、できるようになってました。さすが私!(大学時代はスポーツテスト1級だったもんv)
母親が息子のキャッチボールの相手になってる光景ってあんまり見ないですよね?
始めた頃は2号よりずっと上手かったのですが、その後2号がキャッチボールと友達に広めるようになって、体格も良くなってくると、力も強くなって、こっちは相手にならなくなってそのうちどんどんこっちは老いていって、、、
ゲームも今じゃ何をやっても2号に勝てなくなってます。
泣き虫だった2号は今じゃ暴君のように威張りくさって、全然言うこと聞きません。
世代交代ってこういうことなのかなあ・・・・

話は戻って、日曜日は3号を美術館と歴史資料館に連れていきました。
美術館も児童書写・絵画作品展はとても喜びましたが、常設展は鑑賞するだけの基本がまだないようでした。
絵画とか音楽、写真俳句なんかもそうですが、直接制作者が言葉にしていないことを感じとるには、基本となる知識や思考訓練が必要なんでしょうね。
作品を鑑賞するということ=作品から受けたイメージを言葉にすること、右脳を左脳に変換する作業でもあり、表現されている対象のイメージを膨らませ、他の鑑賞者の共感を得たり新たな視点を持たれるような豊かな表現をしていくことなのでしょう。
作品を通し、作者が描きたかったことを(直接言葉にしてなくても)、鋭く豊かに感じ取れる想像力ある子に育って欲しいなあと思うのでした。

佐藤忠良の彫塑作品は女性の裸体像が多く、とっても素朴でいいんだけど、そういやあきまんさんの画集も女性ばっかりだったなあとか。。。たまにはマッチョな男性裸像もみたいなとか(←そんなこと思ってるのは私だけだ)

3号と歴史資料館で、昔の遊びの竹ぽっくりで公園を1周したりして遊んでましたが、イマイチ、キャハキャハ転げ回る子供の元気がないんです、、、。その点、ケバい女子中高生は元気ですよね・・・
男の子も生きにくい時代かもしれませんが、地味な女の子も生きにくい時代なのかもしれないです。
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