ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

「フランダースの犬」(ウィーダ作)雑感

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

児童文学サイトを謳う以上、たまに話題にしないといけない(汗)。

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私が「フランダースの犬」を読んだのは小学2年だった。学校の昼休みに読み終わり、教室の片隅で涙が枯れるほど泣いた。その鮮烈な記憶から、子鬼1号に2年生の冬に買い与えた。すぐ読み終わり、内容は理解したようで、ちょっと涙ぐんだが、その後に読んだ本との反応を比較するとそれほど、1号にとって、印象に残る作品ではないようだ。
1号は悲しいシビアなお話は好まない。(この子は案外幸せなのかもしれない。。。。)

何の罪もない心清らかな子が、貧困と差別に追い詰められ命を落とす話は、当たり前のことだが大人が書いた話だ。
主人公の死後、周囲はその子の不遇を思い、後悔の涙にくれ、神は尊い魂をその懐に抱くという結末に、大人の読者は子供が幸福に暮らす社会の必要性を痛感させられる。
この世には、まだ、ネロやパトラッシュ、「マッチ売りの少女」はいるのである。

一方子供は作品から何を感じるのだろうか、、、
人として善良に生き続けることの尊さを感じ取ると同時に、自分は不幸だと思ってしまっている子供が、作品の中で子供がいなくなった時に見せた大人の後悔する姿に、普段はっきりと感じ取れない「愛」を見出すのかもしれない。

児童文学全体に、不遇の「死」を扱う作品が姿を消しているという。特に「いじめ」「自殺」が騒がれた80年代、教科書からどんどん「死」を美化してるような作風と判断されるのものは除外された。また、児童書が反戦物ばかりに偏った時代の反動から、シビアな内容を扱ったものは、大人が子供に与えなくなって来ている傾向があるようだ。
可愛い、愉快、面白い、だけのものを与えることが、イコール夢を与えることではない。辛い現実悲しい現実を、作品の中で追体験することで、様々な困難を乗り越え、たくましく生きる力を身につけるのだと思う。また、人の痛みを自分の身に置き換えて考えられる優しさも育つと思う。
大人の価値観の押し付けになってはいけないが、無難なだけで終わらない痛みのある作品を、子供らに味わって欲しいと思う。

1号はその後1年経って、「レミゼラブル」などを進んで読むようになった。それと共に、最近また時々本棚から出して、「フランダースの犬」も読む姿を見る。。

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余談、、、デジモシリーズの良さをまた凝りもせす語るなら、大人の押し付けでない子供の楽しい遊びの世界(ゲームやモンスター)と、シビアな痛みのある切実な現実がリアルに共存していることだと思う。それが、親世代が作品を支持される理由なのかもしれない。。

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