ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

デジモンシリーズメモリアルブックに寄せて

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

いつのまにか「デジモンメモリアルブック」が発売になってましたーーーー!!歓喜!感涙!
思わず勢いで(手違いで^^;)2冊買ってしまいました。1冊は保存用にしますわ。そしていつかどこかで原作者の本郷あきよしさんに会ったら、この本にサインしてもらうのが私の夢ですvv(←いや、それ、絶対無理だから)
デジモンの原作者とは全然無関係らしいのですが、バルディオスの原作者酒井あきよし氏にもいつかサインもらいたいというのも私のもう一つの夢だったり(^^;


デジモン

この本の内容はTV放映されたデジモンシリーズ、デジモンアドベンチャー('99.4~'00)デジモンアドベンチャー02('00~'01)、デジモンテイマーズ('01~'02)、デジモンフロンティア('02~'03.3)、間に金色のガッシュベルを3年挟んで、デジモンセイバーズ('06.4~'07.3)までの5作品中心に放映内容やキャストスタッフ、登場人物登場デジモン、その他の設定世界観を中心に、映画やCDゲームの紹介、関PD角銅SD貝沢SDのインタビューで構成された資料性の高い豪華な1冊でした(^^)
個人的には、セイバーズのムック本を全然持ってなかったので改めてじっくりストーリーや設定を読み返し、そうだったのか、よく考えられてたなあって感慨深かったし、3人のスタッフ様インタビューがとってもうれしい価値あるページでした。

ボリューム満点満足の1冊なのですが・・・
欲を言うとこの表紙、大門大より秋山遼の方が扱いが大きいのに象徴されるように、セイバーズスタッフからか、声優さんあたりから何かコメントくらいもらって欲しかったです(--; セイバーズの作り手の存在をもっと感じたい気もして、、
その他気になった点は、
フロンティアのシリーズ構成が小中千昭さんになってて、これは絶対違うなってのと、
微妙なところなのですが、小説デジモンアドベンチャーがそんなにTV本編と「似て非なる物語」という程、違います?感覚的には、アナザーストーリーというほど違いはなく、アニメの書き下ろし小説だと私は理解してるんですが、違います?

一方ピンポイントでツボだったのは、
02の秋山遼の紹介では、わざわざ関P様が「テイマーズと同一人物だ」と語っているという記述が微妙過ぎですが、個人的にはとてもうれしかったです。(ホント、ファンって勝手なもんで、自分の良いように解釈したいんですよね。要はWSのタッグテイマーズの結末をデジモンシリーズの中で重要視してる少数派の願望です。ーー;)
そういえば、デジモンコンサートで、朴さんが遼の記憶を少しだけ語ったのですが、会場の反応が気のせいか冷ややかだったような・・・・OTL
でも今回のインタビューで明らかにされた点として、あのコンサートライブの構成は角銅SDがやられてたことです。じゃあ、あれは監督様公認なのねvと素直に喜んじゃいました。
それとインタビューの最後で、角銅SDにCDドラマを松井Pが言ってるとか、デジモンの新たな作品をまた作ってくれそうな気配を漂わせて下さる関P様に、思わず土下座してを拝みたい気分になりました(笑)
「だったらいいなが揃ってるvv」って感じで、気分が高揚しちゃいます。


※一作一作が違う冒険

インタビュー読みながら改めて感心させられたのは、デジモンそれぞれ一作品一作品、コンセプトに拘りがあり、前作の要素を漫然と引き継ぐのではなく、その作品らしいカラーを見ている子供達の成長に合わせて打ち出そうとしていたんだなあってことです。
デジモンアドベンチャーのデジモンは、その人の心との出会い、自分を客観視し清濁合わせ持つ自分を肯定できてこそ、やがて親や友といった身近な人の愛や友情を理解していく物語で、テイマーズは完全なる他者としてのデジモンと信頼関係を築く物語で、フロンティアはデジモンアドベンチャーにおける元は一つだった自分の精神が分離自立していく過程を見せてくれる物語だったんですね~。
実はテイマーズで様々な用語を理解するのに頭使い過ぎてた分、フロンティアではあんまり何も考えず軽く楽しんでいたので、終盤まで全然それを読めてなかったんですが、その人の心であるデジモンは自分の中にいて、最後にその心がデジモンになってあるべき場所DWに帰還していく物語だったんですよね。そういう意味ではフロンティアはデジモンアドベンチャーのスピリットを汲んだ後継物語と言えるわけです。
この3作品が自分の内面と向き合う物語になってるのに対し、テイマーズのデジモンの概念は少し外向きに進歩しているといえ、対象年齢の設定は高めにするとそういう話になるのは尤もだと思います。
テイマーズにとってのデジモンは、他者としてのパートナーである以上そこに多様な人間関係のパターンがあって、自分達とは異なる者と誤解や偏見を越えて理解しあい信頼関係を構築し、同じ目標を達成のために協力していく存在がデジモンでした。なのでより外向きな社会性に向かうドラマになってたんですねえ。これは後の金色のガッシュベルが、流れを汲んでいる作品だったと言えそうです。
貝沢SDは、テイマーズでデジモンアドベンチャーをより外向きに発展させ、フロンティアではデジモンアドベンチャーを集約するという、拡散と統合というすごい作業を2年間続けてされたのかと、改めて細かい設定を見ながら偉大だなと思うのでした。
ちょうど、今鬼太郎のDVDBOXのブックレットを読み始めたところなので(こっちの感想も書かないと。汗汗)貝沢SDの経歴は、ミスター東映アニメーションと称されそうな、看板監督さんですよね(^^)

セイバーズは、あまり気合い入れて観て無かったので、申し訳ない気持ちがしてきました。(子供達はよく話を覚えてますよ)
その頃身辺落ち着かなかったし、3年続いたガッシュでかなり気力を使い果たした頃の放送でしたし、スタッフ様が一新されてたので、作品を傾向をつかめないまま勢いだけで見てたものですから、
でもそれまでの時間的にも自由で社会的に責任も特にない小学生達と違い、3人の若者が組織の一員として使命感を持っている職業テイマーって設定が新鮮でした。
キャラデザインも美麗で、アニメファンの心をくすぐります。ウラシマンのキャラ関係に似てるようで、ちょうどデカレンジャーの放映後だったのであんな感じの話かなとか、お気楽モードで鑑賞してて、自分としては疲れた心を元気にしてもらえてて、十分楽しめていた作品でした。
主人公が「けんか番長」とか「拳で生まれる友情」とか、デジタル時代に逆行するようなアナログキャラ設定だったのと、大の声優さんがSEEDのキラ役の繊細なイメージの強い保志さんだったのが、ミスマッチに思えてたのですが、それもいつのまにか気にならなくなってました。でも、話の全体像をつかめてはいなかったように思います。
今思うと、もう少し気合い入れて見ておけば良かったなあ・・・もう1回見直したいと思いましたし、セイバーズのPS2のゲーム買ったまま、そういやまだプレイしてなかったっけって思い出し、無性にやりたくなりました。

※デジタルな時代にアナログな人の心
この本のンタビューで、角銅SDの話として印象深いのは、デジモンというアニメにおいて、ゲームストーリー主導の、子供達が登場しないデジモンだけの世界を描きたい、それは、デジモンという題材においてまだそれだけは手をつけられていないという思いがあったからという部分です。氏には、ゼヴォリューションでそれをも果たすことが出来て、デジモンでやれることはやり尽くしたという満足感達成感があったようです。なんだか圧倒されるくだりでした。
ゼヴォリューションは、デジタルワールドの創造と破壊と再生を、TVシリーズの軽いノリのエンタメ性を冷厳に廃して、シリアスなテーマ性が前面に押し出されていて、あれはあれですごかったなあと思い出します。

進化バンクについて、02までは、角銅SD自らのお手製で、その後予算がついて外注になったという話から、当時、セル画からデジタルへとアニメ界にとっても過渡期だったことに思い当たります。
同様に視聴者である私たちも、身近にネット環境や携帯電話が社会に広く普及していった頃で、この高度情報社会への劇的な変化にどこか戸惑いや不安があって、デジモンワールドという擬人化された仮想世界を思い描くことで、デジタル世界は自分にも理解できそうな、どこかに切り口を見いだして自分の身のおける世界だと思いたかったのかもしれません。
ゼヴォリューションを含めデジモンシリーズを考える時、ふと脳裏をよぎるのは、、、
2000年代という新世紀を迎えた世界が、まさに冪乗のスピードでデジタルへと移行していくのに、人は到底デジタルには変わり得ず、どんな世界の激変にも「心」だけは見失いたくないという人間の願望が、デジタルモンスターを求めていたのかもしれないということです。またアナログとデジタル、人とデータが融合し調和した世界は、無機的なものを有機的にレトリックに捉えていく太古からの人のロマンに似て、突き詰めていくと、それは動かぬ絵に命を吹き込むアニメーションという表現媒体に、何故我々は生命あるキャラクターのように感情移入してしまうのか、、という、原点に立ち返っていくような、なんだか不思議な感覚にたどり着くのでした。

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さて、これ以外にもドラマCDの9.11事件のこととか、進化BGMのこととか、アドと02のメンバーについてとか、東映アニメフェア映画との関連とか、ツッコミたいというか話題にしたいことまだまだあるんですが、とりあえずここだけツッコんでおきます。
ホーリーエンジェモン様はプロテクターの下に隠れた精悍な素顔が見られるのに、何故にエンジェウーモン様のお美しい素顔が明かされないのか、最大の謎なのでした(笑)。

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