ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

レオナルド・メディチコレクション~電気鼠は世界征服の夢を見るか?~

Posted by ふざけおに on   1 comments   0 trackback

タイトルに意味なし、オチなし、山なし。イオヤです。
首藤展

さて、この道はいつか来た道~♪の小田原文学館。図書館所蔵の資料は、去年ほんの一部閲覧したことあるのですが、今回は小田原ゆかりのシナリオライター、首藤剛志展が開催されるとあって、文学館までサトチ様とお出かけ。メディチ家秘蔵(?)の数々を堪能致しましたです。
首藤展6

入り口の文学館案内板の前に端と立ち止まり、北原白秋なら「邪宗門」「落葉松」とか幾つかの有名な詩歌が浮かぶのですが、常設展の中核をなしてそうな尾崎一雄の作品名は必死に思い出そうと、、、、うーんうーん、「金色夜叉」は隣の熱海で尾崎紅葉だし、、、うーんうーん(汗汗)
「作品名言えるかな?」←言えませ~ん。昭和文学全集全巻実家の本棚にそろえてはいるんで名前はわかるんですけど、、、、、、、うう、ダメだ、出てこない。谷崎潤一郎は「細雪」、三好達治はタロジロ(犬かよ!)の「雪」、坂口安吾は「堕落論」・・・くらいは言えるかな。嗚呼情けなや;;

ところが、文学館の受付のおじさん、特別展の説明するのに、「首藤さんは、小田原出身の脚本家で・・・・(間)・・・ええと、ゴーショーグン、、、、アニメですね、ええ~・・(間)ええ~・・・ピカチュウとかですね(ピカチュウですか^^;)・・・(間)・・・あとは、、、・・(間)・・・」と非常に苦しそうに言いよどまれるので、思わず「あ、大丈夫、わかってます」とカミングアウトしてしまった私です。
ちょっと優越感vvだって「文学作品言えるかな?」には学芸員らしきおじさんに絶対負けるけど、「ポケモン言えるかな?」なら、おじさんよりいっぱい言えるもーん♪(←バカ)
首藤展1
画像はっきりしませんが、上の画像の人形、ファンから贈られたものだそうで、ああ、ホントにこういう感じのグラサンの遊び人だったよね~って、私達の記憶にある首藤さんってこんな感じなのですが、最近の写真も展示されてて、その変わりようにびっくりしました。
「老けたー@@;」というと、とっても失礼ですが、「こんな真面目そうな人だったっけ?」ってのも更に失礼ですが(おい)、アナーキーなチンピラ風情の旗本無責任男から、ちゃんとまっとうに年を重ねた地に足がついたおじさんになった~って感じでえらいびっくりしました。そりゃあ私たちも年老いたメタボなおばさんになってるわけなので時の流れと言えばそうなのですが、でも氏の場合、何か生き方が変わったのか?と思うほど、劇的な内なる変化があったように伺えます。
文学館の一角において、人生を深く思索する一人の劇作家として、ある意味とても似つかわしい姿とも思えるのでした。

ファンから贈られたという紙の着せ替え人形、ブルーフィクサーの制服もあって感激したのですが、着せられる本体の人形が裏返っていて、どのキャラだかわからないのが惜しい。ケン太君かなあ・・・・・。

ミンキーモモのセル画とかぼーっと見てたら、「これ、キスマーク?!」、と、サトチ様の驚きの声。いのまたむつみさんのイラスト入り色紙ですが、ブンドル(としか思えない)の横に確かにうっすらとキスマークの跡が、さすが首藤さんらしいというかなんというか、インパクトある資料でした(笑)
そしたら、
その後、首藤氏が最新のWEBコラム

いのまたむつみさんの描かれた不思議なキスマーク入りの色紙――『ゴーショーグン』のブンドルのような人物が描かれているが、あれは僕の似顔絵である

そうだったのかーーーー!!

最初、受付のおじさんの口から、よりによってゴーショーグンが最初に出てきて苦笑してしまいましたが、(個人的には代表作はミンキーモモとポケットモンスターだろうと思ってたので)、文学館ではゴーショーグンが代表作という捉え方で前面に出していました。なるほど、そうか。実はご自身がメディチ家の末裔だと告白してるわけですね(違!)
メディチ家のDNAを引くこの肖像は、氏の自画像=自己イメージなのでしょうか。なんだか謎めいたキスマークですな。

展示室の片隅にバルディオスの脚本。
首藤展2
目録では、「我が友、亜空間に散る」と「地球氷河期作戦」になってましたが、実際には「我が友、亜空間に散る」と「亜空間要塞最後の日」と「亜空間突入の日」の亜空間3部作(秀作揃い)だと思ったんですが、多分変更になったんだと思います。
「アフロディアに花束を」の筒井ともみさんは芸大教授になっておられるようですし、何げにバルディオスも偉い作品です(^^)v。

資料の中で最も目を引いたのは、青いインクの万年筆で書かれた自筆の原稿です。これがすごいんです!!
私、ちょっとだけ文学少女だったことあるので、あちこちの文学館で作家の生原稿を見る機会が割とある方です。
作曲家の自筆の楽譜を見ると、モーツアルトにはモーツァルト、ベートーベンにはベートーベンらしさが筆跡に滲み出るように、作家の筆跡というのは見るものに訴えてくるもなのです。首藤氏の筆跡は、そんなに多くないとはいえ私が見た作家の筆跡の中でもとりわけ見事な味わいがありました。最近では、北杜夫の医学部時代のノートに衝撃受けましたが、個人的にはあれに勝るとも劣らないインパクトがありましたね。これは非常に見る価値のある資料だと思いました。

白秋
小田原で作られた白秋の童謡の中では、母が中山晋作作曲の「砂山」が好きでよくピアノで弾いてました。茶色に変色した旧仮名遣いの古い楽譜のかび臭さを懐かしく思い出します。
ゆりかごの歌は、自分が寝かしつけられ、子供を寝かしつけ、やがて孫に優しい眠りを贈ることになるのでしょう。そう思うと感慨深いです。
俺寝るから

白秋童謡館で、紹介された曲、ほとんど聞いたことあるのですが、「ちょっきんちょっきんちょっきんな」のあわて床屋はそこしかしらないんだよね~って、サトチ様にいうと、サトチ様から衝撃のラストが明かされました。そういうオチだったんですかーーー@@;なんつーカタストロフィー(違!)

白秋というと、文語定型詩「落葉松」が故知れず好きなんです。

世の中よ、あはれなりけり。
 
常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ


この白秋の詩句の通り、
世の中は趣深いものです。万物はかなくうつろいゆくものですが、そこに喜びを見いだせるのです。
だって、山川には山川の音がして、落葉松には落葉松の風が吹き、
小田原には小田原の風土があって、首藤氏には首藤氏の文章があって。

これってとってもうれしいことじゃありませんか。

春・陽光の吉日、小田原文学館にて。

++++++++++++++++++++++++
ところで、今回のWEBコラムで改めて、
首藤さん、エンデの「モモ」を知らなかったそうな。。。。

『魔法のプリンセス ミンキーモモ』といえば、よく引き合いに出される哲学的(?)児童文学の「モモ」というエンデという人の小説(時間泥棒との戦いを描いたこの作品を初代『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の頃、僕は知らなかった)

モモを見てから、てっきり影響を受けてるのかな~と思ってました。
じゃあ、「ナルニア国物語」の影響も受けてないのでしょうか?

この手の後付け勘違い、まだあります。ガンダムのジオンが、シオニズムのZionismのスペルが元ネタなのか、おお?!と後で知ってなるほどー!と思ったら、全然関係ないんだそうで(^^;。


アニメ『巴里のイザベル』はパリ・コミューンの最後の戦いがラスト
すごい重厚な主題を扱った作品だったんですね@@;
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