ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

心に残ったNHK番組「富野氏の子供時代」&「水木氏の見た戦争」

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

※私が子供だった頃「アニメ監督・富野由悠季」
kaitoさんの富野さん情報で知ったTV番組です。恐らくターンAガンダムを終えた頃の富野氏を取材した番組でしょう。

万年少年の少年時代。いくつになっても富野少年は、好奇心探求心を忘れることはないようです。
彼の父親が理科教師で、写真を撮って現像できる環境にあったこと。当時としては、恵まれた家に生まれてたのではないかと思います。
中学校で研究発表の代表になった時の原稿。左から書かれた縦書きの文字からして、普通の感覚とは一種違った異才を放った少年であることが伺えます。恐らく変人だと言われがちなタイプで、多くの普通の人の感覚と、自分の感覚の違いに、悩むだろう人生を予感させられます。
でも一番富野氏らしいのは、宇宙や飛行機に興味を持ち、凝り性で技術屋を目指す少年であること。
手作りのロケットを飛ばしてみたいという子どもの頃の夢を番組の中で果たした時、富野氏の瞳は生き生きしていました。
夢中で遊ぶ姿はなんと屈託ない、、、とってもかわいいのでした。

人間こそ、生物界において唯一永遠の子どもであり、遊び続けることが人間を人間たらしめるという、、、
ある生物学の新書で読みましたが、本当にそうですよね。

男の人がメカフェチなのは、ある意味男性が女性に興味を持つのと根っこは同じで、DNAに刻まれた種の保存本能なんだろうなって。動くメカニズムに興味を持ち解析し、やがて道具を作れる者の方が、餌を多く得て、縄張り争いに勝ち、快適な生活環境を群れに提供できたからだろうと。
その能力を魅力の一つだと思えるのは、これまた雌の本能なのかも(^^)。
いつか、むしさんと王様の間で話題になった、ガンダム記録全集が富野氏の机に並んでるのが印象的でした。


※NHK特集「鬼太郎が見た玉砕」
とっても良い特集番組でした。今時の子供に見せも十分受け入れやすい構成になってました。
ほとんどが水木氏が経験した実話だそうです。
人は地獄から帰還した時、人生観が変わるものなのかもしれません。
水木氏がどこか浮き世離れした感じがするのは、そのせいなのかも。

水木氏は「睡眠を大事にしている」そうですが、心身健康を保つのに大事なことですよね。

また、戦後20年間、他人に同情したことがないそうです。前線で生きたいのに、死なねばならなかった兵士に比べて、今生きてる者をかわいそうだとは思えなかったからだそうです。考えさせられますね。色々と。
末永く後世に語り継ぎたい番組だと思いました。

HP立ち上げた頃、「ある兵士の話」という文章を書き出し、途中でやめてしまったことがあります。
人様に見せられるものでない稚拙な文章で、もうログも残ってないのですが。。。、
南方飢餓戦線の話をしてくれた老人と、極寒のシベリア抑留された経験を持つ老人ふたりの話を、戦争を知らない若者が聞き、人生とは何か、平和な時代を生きる意味を問うつもりの内容でした。
結局、聞いた内容を上手く伝えるだけの自信がないのと、史実に裏打ちされた内容でないとダメだなって思って、いつか資料を十分調べてからと、またその頃まだシベリア抑留のふたりの老人は生きていたので、いつかもう一度話を聞いてから、、、なーんて思っているうちに、全員他界されてしまいました。

一人は豪腕教育長。ある時何をトチ狂ったか、古代村キャンプ場を地域に作って、現代の子供達に生き物を捕獲して殺して食べる体験をさせたいと持論を展開し始めたわけです。事前研修の夜、教育長は、自分がニューギニア飢餓戦線から奇跡的に生還したが、自分の小隊員全員死なせてしまった時のことを語り、悔恨の涙を流し、精肉や魚の切り身しか知らない子どもではダメだと、食うという行為は、他の生き物の命を食うことだと、何かに憑かれたように行き場のない怒りをはき出すように、語った姿を思い出します。数年後、彼は他界しました。

また八甲田山死の雪中行軍の映画を見て、シベリア抑留を生き抜いたピアノ教師が小学校の校長室にやってきて、「この映画を全校児童に是非見せてくれ」と、、、、寒さの中で生き残る知恵を、語りたいこと、伝えたいことあるからと。結局相手にされなかったのですが、、、
俺は百才だといつも元気にしてた方で、いつでも私は話を聞きに行けると思ってました。ところが去年火事で自宅を全焼した後、そのストレスでまもなく102年の人生を閉じられました。

3年前他界した義父もまたシベリア抑留のために人生が狂ってしまった人で、年を取って尚、その理不尽さを怒りトラウマを忘れて人生を楽しむことはなかなか出来ていないようでした。

こんな風に、身近な人からさえも聞けないまま、時代は流れていきます。

私の父も内地で終戦を迎えた人ですが、1度だけ、軍隊生活の経験と終戦を迎えた兵士達の考えていたことを話してくれたことがあります。
いつかちゃんと聞きたいと思っていたのですが、改めて聞くと、忘れたと言います。辛い記憶は忘れていくのが人間です。

私自身、たくさん聞いたそういう戦争体験話を、急速に詳細を忘れていくので、しょうがないのかもしれません。

貴重な歴史の証言の数々を、何とかして後世に伝える努力が必要かもしれないですね。

また他人の不幸に同情できないという水木氏の話に、温い状況とはいえ自分もそんな気分のこと一時期あった気がします。
1号が辛い治療を受け、痛くて泣きわめく毎日を過ごした後しばらく、他の子がちょっとした病気で注射されたり点滴されたりしても全然かわいそうだと思えませんでした。
赤ん坊のまま病院の不手際で手術をしてもらえず死んだ子のママさんは、その後他の子どもがどんな目に遭おうと、他人様がどんな悩みを語ろうと、全然同情する気になれなかったそうです。我が子は1才になることも叶わず、さんざん痛い目にあって死んだ。。。と思うと、生きている人間の悩みなんて小さいことのように思えるんだそうです。

割と他人の苦悩を想像できる今の自分は、幸せなのかもしれないです。
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