ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

我が青春のかけら~「風が違う」

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

先日の秋田でのスリーハンサムズコンサートの感想の続きです。

細坪さんは、故天野滋氏と一緒に作った曲、「風が違う」の歌詞の解説されてました。
かつての恋人を思い出してる歌のようでいて、実のところ若い頃に自分たちに熱中してたファンへの恨み節だったんだと。
最初の方で中村さんが、NSPが再結成後に秋田でコンサートをした際、秋田中の人間がいなくなったのかと思うほど客入りが悪かったという話を受けてだと思いますが、「皆さん、コンサート来てくださいね。コンサートに皆さんが来てくれないから、NSPもふきのとうも解散したんです。皆さんがコンサートに来てくれれば、NSPもふきのとうも解散しなかったんですよ。」と。
ぎくぅ?痛いこと突いてるというか、責められてる?(←それを人は被害妄想という)
・・・・うわーん;ごめんね~天野さん、こんなことになるとわかっていたら再結成の時来てあげればよかった。私が悪かったですorzと思わずひれ伏して謝りたい気分。?え?え?マテ、ふきのとうも?!それはいくらなんでも言いがかりでしょうってw

コンサート後、天野さんのこと急に思い出してしまって、家に帰っておそるおそる「風が違う」を聴いてみました。
コンサートでは、(当たり前だけど)細坪さんが歌ってた2番、天野さんの歌声に、はっとして泣けました。
7年前、訃報がネットで流れた瞬間ちょうどブログ更新してる時で、哀悼の意を書き込みながら、そういえば天野さんは病弱な方だった(肺炎で咳き込みながらラジオ出てたこととか)と思い出し、しばらく頭の中に「歌は世につれ」がリフレインしたり・・・。(今も歌詞全部完璧に覚えてます。)
でもあの時は、他の有名人の訃報と同じ扱いで自分には遠いことのように思えてたのですが・・・。
やっぱり私にとって特別な方だったんだよなあって。

コンサートやイベントで見た私の記憶の中にある天野さんというと・・・(あくまで私見です)

体育会系の屈強な男子二人に囲まれてるけど、ご本人は繊細ではかなげに詩作にふける憂愁の文学青年って感じでした。
割と複雑な家庭事情があったようで、いつもどこかに母なる存在からの「見捨てられ不安」を感じさせる方でした。東京からの転校生なら、田舎のさびしさを人一倍肌で感じ育ったのでしょうし、孤独を過敏に感じて生きてきた人なんだろうなあって。
「僕の歌がいつかしら、色あせてしまう。人の心に届かなくなる」
自己愛が傷つく恐れをそのまま暴露する痛々しさを感じ、いつも「愛されたい」人なんだって。そういうある種の不健康さや自己不全感を当時は自分も持っていたので(程度の差はあれ誰しも持ってると思います)、天野さんの歌に自分を投影し共感できたのだと思います。
あ、これはあくまで私が自己を投影したイメージ像で、実際には天野さんは前向きに堅実に強く生きておられたようです。あしからず。
高校3年間毎日一日も欠かさず、天野さんの歌を聴いて過ごしたのは他でもない、私でした;
その頃の未成熟な自分を出来れば思い出したくないので、自分には遠いことだと思い込んで軽くやり過ごすつもりが・・・だめでしたorz

う、なんだかんだと思い出しちゃった;
悔しいのでじゃあ、ここは一発NSPの「黒歴史」を暴露してやろうかとw

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