ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

永井龍雲さん仙台LIVE2013 Part1~母のない子と子のない母と~ 

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

鎮魂。
死者と生者に分断された、元は一つだった魂達のために。

ありうべからざる喪失は、にわかに受容しがたく、
慟哭と、悲嘆と、悔恨と、絶望と・・・、
やがてあらゆる感性は凍り付き、空虚に行き着く。


「昨日までそこに居たはずの風景は、あんなにも光り輝いていて・・・
けれど、自分はもうそこにはいない。
ガラス越しの世界を見てる自分がいる。
昨日までの日常の全てが、悩みさえも、今はもう遠いこと。
何も感じない。
世界と自分は完全に隔絶してしまった。」

<まぶし過ぎる日射しに後ずさりする>者達の悲しみは透明で、
幸福を謳歌する者には見えやしないのだ。

けれど彼は知っている。
狭間の世界の住人を。心の殉死者を。
引き裂かれた傷口に癒やしを、静かに歌いかける。

凍った心が、融点に達するまで。

+++++++++++++++++++++++++++++++

○~母のない子と子のない母と~
世の中が生命の躍動に輝いている時、自分にだけ起きた不幸・・・例えば大切な肉親を亡くした時(幼くして親を亡くした子とか幼子をなくした親とか)・・・、急に世界が変わって見えるものです。明るい世界に自分の居場所がない感じがして・・・
永井龍雲さんのライブを見ていると、受容できない程愛する対象を喪失した人の心境に、同じ目線で寄り添ってくれてる感じがしました。
ノブレス・オブリージュはそれはそれで意義深いでしょうが、それとは違ったアンダーグランドなアプローチで、なまじ笑顔で明るく元気に立ち直ろうとか無理強いしないスタンスが、今、日陰にある沈鬱に停留したい心境下には求められる癒やしなのかもしれません。
もちろん来場した全てのファンがそうではないでしょうけど、肉親との死別による透明な悲しみを抱えてる方が有為に多く集まってるように思えました。まるで、亡くした肉親へ思いを龍雲さんに重ねてるような・・・・

なんとなくですが、龍雲さんと聴衆の関係は、壺井栄の名作「母のない子と子のない母と」。
かけがえない人の代償を求める聴衆に応える龍雲さんは、演歌とフォーク、ボーダレスなシンガーソングライターとして存在意義を感じます。
まるでお互いの喪失を補完しあうかのように、彼自身もまた、母の代わりに母への思慕を聞いてくれる聴衆を必要としているかもしれません。いかに時が流れようとも・・・・
彼が17歳で母を失ったように、彼の母も17歳の息子を失ってしまったと考えると、子を亡くした母のためにこそ、レクイエムは終生に渡って歌い続けられるのでしょう。

ローリング女史がハリーポッターを著した動機と、彼が曲を書かずにはいられない動機は同じなのかもしれません。

なんて、偉そうに言ってますが、全然的外れで違ってるかも。あくまで受けた印象です。
あまり真に受けないで下さいね。
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