ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

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Posted by ふざけおに on

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見つめるだけの海

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

あんべさんというと「そして誰もいなくなった」も好きなんですよね。
広大な海とそれを渡るこのできない人の矮小さ、越えられない苦悩を感じるからでしょうか。

ライブ行く前、高田松原と碁石海岸に立ち寄りました。

高田松2
私にとって高田松原が家から一番近い海水浴場で、海が好きな私には思い出深い場所でした。最近まで子供を連れてよく泳ぎに来たものです。それが最早跡形もなくなったのだと再確認したのでした。でもこうやって全国から一本松を見に来る人がいると、違う形でこの浜は再生するかもしれないという気もします。
いつも高田で泳いだ後、碁石海岸を見学に行ってそれから帰宅してました。


その経路通り、大船渡の美しいリアス式海岸の景観を見に車を走らせましたが、あちこち仮設の住宅店舗が並んでいて、まだまだ復興には遠いなあと実感させられます。
でも山が近いので、仙台平野に比べれば、すぐ高さ稼げるので避難はし易いし津波の教訓が生きてたんだろうなって。仙台や多賀城は、津波がそこまで来ることを誰も想定してないので誰も車から降りて逃げなかったという。。。。地震後心配で家に戻ろうとする車で渋滞中、車の中や、大型店で買い物中に被災し、避難場所へと歩いてる方々が、全く津波を警戒してなかったので、産業道路や45号に津波が来て溺死、あるいは低体温死された方が多いんです。
私自身震災の当日だけ、ワンセグで午後6時頃TVニュース見られたのですが、大船渡や気仙沼が被災してるのを見て大変だなあって思ってました。が、実はその場所から1キロ離れたところが津波で浸水していたとは、翌朝避難して来た近所の方から話聞くまで、わかってなかったです。中野小学校が浸水で孤立したのは、ラジオで聴いてましたが、近隣や主幹道路で犠牲者が出てるとは思ってなくて、翌朝、たくさんの人が流されていくのを目撃し、波がひいた後死体を横目に帰宅した方の話で知りました。
とか、あの頃はいろいろ大変でしたが、復興のスピードは仙台圏商用地は早く復興しても、中心地から離れるにつれ、戻ってないんですね~
碁石海岸


それはともかく、碁石浜には降りられませんでしたが、相変わらずその海は雄大で青く美しく、人の世の混乱など無関係に何事もなかったように静かでした。
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