ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

続80年と81年をもう一度

Posted by ふざけおに on   4 comments   0 trackback

②Rain(81年)
ネットやオフ会等でRainを好きだと語るNSPファンの方々。なんかその楽しげな輪に入れない自分に気付きます。何でだろう?かすかに胸が痛みます。
何故この曲を一緒に素直に懐かしむ気になれないのか・・・
好きなのに好きだと軽々しく周囲に言えなかったあの頃の習性が身についてしまったようです。
実は私はこの曲の発売の時のこと、よく覚えています。。
確か天野さんがトップ40の今週のニューシングルにゲスト出演した時だったか、ラジオで、あの特徴あるしゃくったようなマイクに張り付いたような言い方で気取って「誰がつついたわけでもないが、いつしか空が割れて、あなたの髪をぬらして遊ぶ、空の子ども達さ」と朗読すると、アナウンサーに「うーんすごい、天野君にしか表現できないような良い言葉ですね。」と感心され、「そうでしょ?いい歌詞でしょ?」みたいに天野さん得意げでした。「本当はタイトル<ガラスの心>にするつもりだったんですけどね~Rainがいいという意見に押されました」とも。そのはしゃぎ具合が、天野さん、本当に自信作なんだ~って伝わって来ました。
当時私がニューシングルとして聞いた中では「面影橋」以来のロマンチックなアレンジで、しっとりとした綺麗な曲だなって。少し客観的立ち位置な分、天野さんにあってる曲かなとか。
正直言って「こういう曲、待ってました」と飛び跳ねたいほどドキドキしました。
私がトップ40に毎週リクエストカード出してる3年間で、一番イケル気がしたシングルでした。
Rainがいかに素晴らしいか、当時私の文章力の粋を凝らして精一杯リクエストカードで力説しました。
でも、、、、結果は・・・・惨敗・・・誰も当時わかってはくれなかったような・・・・(涙)
リクエストカードは(北口さんがひいきしてか)毎週何枚も読まれたし、レコードも毎週流れて、でも私の知る範囲の人達はみんな毎週トップ40を聞いているにも関わらず、千春やオフコースやサザンやザベストテンの上位に上がっている音楽に夢中でした。
天野さんの自信作、私もこれならって思って一生懸命応援したRainはヒットの気配もないまま終わり、次のシングルは「潮騒のホテル」でした。
私は自分の無力さに打ちひしがれたのでした;;

・・・実はトップ40がザベストテンの集計に組み込まれ、中央のニューミュージックのヒットの動向を岩手が先取りすると言われたその頃こそ、結果的に中央のベストテンと、岩手のベストテンが連動してしまい、地方と中央を均質にしてしまったのでした。
岩手の若者は中央を身近に感じてしまい、地方独自のランキングは埋没し、都会との均一化を推し進めたのだと思います。
ザベストテンがない時代は、Fリクとトップ40だけが岩手の若者のコミュニティツールだったわけで、その番組の中のランキング話題にしていれば盛岡が都会だった田舎者には十分だったわけです(ちょうど今のミクシーコミュのように)、
そこに毎週のように全国のベストテン情報が容易に入ってくると、県レベルのランキングに留まる曲は価値がなく、松山千春のように全国のベストテンに押し上げる高揚感が味わえそうなポップな曲を求めるように皆勝ち馬探しに夢中になったのでした。
私はだんだん毎週のように、ランキング発表で敗北感を味わう日々が続くことになります。
そうなると私は毎週葉書を読まれれば読まれるほど、それを書いているのが私だと周囲に知られるのが恥ずかしくなって、というかNSPファン(それも中村ファン)だと言うとみんなに笑われそうで、笑われたら立ち直れそうにないほど好きだったので、だんだん誰にもNSPを好きだと学校では言えなくなってました。

みなさん、Rainがそんなに好きなら、岩手中の若者が聞いていたトップ40にリクエストカード書いてくれてたら・・・
それでもあのブームの流れは止められなかったのでしょう。
ある意味ヒットは作られるものであって、ヒットしないからといって、価値がないわけでない。
私がその価値を知っていればそれでいいんですよね。

「いつだって衝撃をもたらす奴は静かで素朴だった」
黄昏
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Comment

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013.07.27 15:05 | | # [edit]
ふざけおに says... "Re: タイトルなし"
とっても心のこもったコメントありがとうございます。同じ思いで青春を過ごした方、やっぱりいるんだーってうれしく思いました。
2013.07.27 20:38 | URL | #- [edit]
cona says... ""
初めまして。「天野滋」と検索して、こちらのブログに辿り着きました。いくつかの記事を読ませて頂き、非常に共感しました。私もずーっとNSPを好きだと言えないまま、青春時代をNSP漬けで過ごしました。私は1967年生まれで、NSPを知ったのは多分小学5年生の時。兄が買って来た『明日によせて』のアルバムを聴いて以来です。秀樹や、ピンクレディーが好きなクラスメイトに言ってもどうせ分からないので、いつも一人でステレオの前に座って何時間も何時間も聴いていました。当時の私はまだ子供だったので、分からない言葉やその裏に隠れているメッセージなど全く理解出来なかったけれど何故か天野さんの歌っている声に癒されていたのです。いじめられっコだった私は天野さんの作る世界の中にだけ自分の居場所を見いだしていました。だから、逆に大人になると当時の辛さを一緒に思い出してしまう気がして長い間、聴くことが出来なくなってしまいました。子供時代には、私の住む田舎にはコンサートに来てくれなかったし、一人で行ける年頃になった時にはNSPは解散。結局、一度も生のステージは見られませんでした。 NSPをもう一度聴けるようになったのは天野さんが亡くなる少し前、たまたま出かけた品川で、プリンスホテルのディナーショーの告知を目にした時。余りにも驚いて懐かしさがこみ上げ、封印が解けました。すぐにも予約したかったけれど、チケットはすでに完売(涙)来年があるさと思っていたら、その年は私が骨折のため断念。来年こそ・・・と思っていたのに、天野さんは帰らぬ人になってしまい私の10歳からのささやかな夢は潰えました。 あれから、実家にあるアルバムは全て送ってもらい、パソコンに読み込んで、空白だった20年を埋めるくらいの勢いでNSPを聴いています。辛い記憶はいつの間にか浄化され、今はただ穏やかな天野さんの歌声にだけ聴き入っています。私も、いつも頭の中でその場その場に合った、NSPの音楽が流れています。天野さんの書く詩はきれいごとではなく、日常の生活が溢れているからどんなシーンにも必ず当てはまる曲があるんですよね。 私事ですが、2年前20歳下のモロッコ人と結婚しました。彼が一番好きな日本の歌はNSPの『みつからないように』音楽が聴きたいと言う彼に、日本人じゃないから何を聴いても私の好みに何か言われることもないだろうと、軽い気持ちでiPodを渡しました。 iPodの中には、NSPを封印していた20年分のお気に入りも入っていたんですが不思議なことに、NSPの曲を見つけ、とっても気に入ってくれたので、これまで他の人の前でNSPを聴いたことはなかったのですが今では家のBGMはだいたいNSPです。 未だにNSPをこんなに愛してくれている人がいるのが嬉しくて長いコメントになってしまい、申し訳ありません。今回、天野さんには会えなくても、ライブでNSPの歌に会える機会がまだ残されていることが分かりました。本当にありがとうございます。 »
2013.07.29 16:30 | URL | #- [edit]
ふざけおに says... ""
コメント下さったconaさんが作った動画「シャンテの街」だそうです。
http://www.youtube.com/watch?v=SkO2Hl9l_go
是非皆さん見て下さいね。
2013.07.29 16:36 | URL | #- [edit]

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