ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

細坪基佳LIVE2014~40年目のラブソング~in宇都宮

Posted by ふざけおに on   3 comments   0 trackback

2月22日(土)、ネーチャー以来一ヶ月ぶりの細坪さんライブ、なんかとってもお久しぶりって感じがしました。細坪さんご自身も池田ライブが中止になった関係で、2月4日以来のコンサートだとかで、歌うの久しぶりで新鮮な気持ちになってらしたようです。その間、休暇とってハワイに行ってたそうです。リフレッシュされたせいか、すごいハイテンションで、ウツの宮じゃなくソウの宮で歌もMCも絶好調!!演技派の細坪様にしては珍しく、鬱曲で笑顔がこぼれるほど。なんだか見てる方もとってもハッピーな気分になれて、私が見たライブでは三本の指に入る、輝く笑顔のご機嫌ライブなのでした。

今回はだいぶ見てから日にち経って記憶の鮮度が落ちてるので、印象に残ったところだけのツッコミ感想ですm(__)mあしからず。
セットリストはきっちり控えてますが、後のお楽しみの方も多いでしょうから、たまには省略してみようかしら。
フライヤー

以下ネタバレ

○快調MC
同行したCさん、これがまた箸が転ばなくても笑い転げる方なので、細坪さんが何か言おうものなら、いや最早何も言わなくても、うけまくって狂喜乱舞。愛のナイフ、コーラスの下手な人、中村さん平賀さんどっちって言うんだろう?とハラハラしたというCさん、オチ聴いて「おもしろぉお~~い」大声挙げて悶絶大爆笑。鮮度抜群できたてホヤホヤの最新ネタ成田携帯事件は、二人で恥も外聞もなくバカウケ。確か歌を聴きに来たはずだったんですが、お笑いを見に来たよう(おい)。
Cさんもご家族病気で辛い思いをされて来たからこそ、少し落ち着いたタイミングだからあんなにいっぱい笑えたんですよね。悲しい人ほどユーモアの価値がわかるものなのでしょう。Cさんと思い切り笑い合えた時間を共有できて幸せでした。

○快調物まね
芸人坪さんのものまね大会。チューリップの「サボテンの花」堀江さんの「メモリーグラス」、拓郎さんの「襟裳岬」、遠藤賢司さん「カレーライス」あと古井戸?、けめ???誰??あと誰でしたっけ?
圧巻は、井上陽水さんの「傘がない」、冬ソナの「最初から今まで」雅夢の「愛はかげろう」はワンコーラスしっかり歌ってくれる出血大サービス。持ち歌より気合い入ってて凄い、エクセレント!!!!すんばらしい~vv
特に、冬ソナの韓国語カヴァーがオリジナルよりいい!!絶対いい!!チュンサンとユジンが雪に戯れる姿が浮かんでじーーーーーーん;
韓流歌手の歌い方ってどこか細坪さんっぽいなって直感的に思ってたんですけど、後になって「MANAZASHI」聴いてイメージ通りだなって思いました。、
この際洒落でいいから、三浦さんと一緒に韓流カヴァーライブして、是非CD化して欲しいです(願)。

○重箱の隅
宇都宮というと・・・去年同日、飛鳥涼さんが大ホールでコンサートされたというMC、(ちなみにこの日は大ホールで財津さんのコンサートでした)その日のライブにいた私と共有する思い出なので話題になるととってもうれしいのですが・・・・・さすがに5度目くらいなので、そろそろ指摘していいですかね?
細坪さんが3度歌ってるこのホールは正しくは「小」ホールです。「中」ホールではありません(泣笑)細坪さんの頭の中では、中ホールなんでしょうねw
ついでにもうひとつ・・・毎度定番の白い冬MC、秋田のディナーショー、380番台まで整理券番号あったので、300人近く集まったという表現がちょっと気になります。数字のトリックの可能性ありますが・・・・400人近くいたよね?<Uさん
数字のトリックというと、スリハン鹿児島が公式に最高入場者数1500人超になってますが、岩手県民会館大ホールもそれくらい入ったはずのような・・・・、実質有料入場者数でカウントしてるってことでしょうか?
どうでもいいようなことにツッコミたくなるのがオタクの性 (´‐` ○)\(○`ε´○) コラ!コラ! 。

○ついでにもう二つ気になってること(まだあるんかい?!
ひとつはチャゲ&飛鳥が駆け出しの頃、ふきのとうの新宿厚生年金会館コンサートを訪ねて来た飛鳥さんに、細坪さんはそっけない態度を取った理由が去年と違う@@;
去年は、「笑顔が作るのが苦手な男だったから」
今年は、「うるさくすると先輩の集中力を削ぐから」
来年はどんな理由に進化するやら(^^;
もうひとつ、NSPの復活ライブに招待された細坪さん。二階席にいたそうですが、周囲のNSPファンが誰も気付かなかったというオチと、気付いてざわざわしたというオチと二種類あるんですよ~。これは明らかにどっちかが嘘でしょう。真相はともかく、明日はどういうMCに変化するのか、これが見所。まさに進化するライブなのでした(バカ)。

○もう一度
やっと生で聴けましたーーーー!感激;;何年も音楽から離れてて出戻って来た時、改めて時の流れに愕然とし、もうコンサートのおっかけするには若くない、遅すぎたって凹みかけてた時、この曲聴いて元気が出ました。毎朝通勤途中に聴いてました。
細坪さんがソロ第一歩を歩み出した時の意気込みや可能性に挑戦してる手探り感が伝わって来て好きです。さすがに今回キーは下げてましたが、会場もノリノリで、この爽やかな疾走感と心焦がす熱情はライブでならでは。細坪さんのボーカルを「もう一度」で良いから生で聴きたいと30年思い続けた望みが今叶ってる喜びに満たされたのでした。

○あの日のように
この日の「あの日のように」はいつにもまして、細坪様の押さえきれない心の昂揚がステージから溢れ出すようで、その無尽蔵の感情の量感に圧倒され、彼の宇宙の中に取り込まれて行くような非日常感覚に心酔してしまいました。
ファンへの大きな愛を感じるこの曲。細坪さん自身、恋人同士のことを歌ってるのだけれど、ふきのとう時代からずっと自分を応援してくれたファンへの思いも重ねている歌詞だと解説されたので、裏を取れてちょっとうれしいです。
私がそう思った根拠は、どこかのMCで解散コンサートのあとすぐ出来た曲だと仰ったのと、出戻って最初に見た秋田のスリハンで「風が違う」は恋人同士のことを歌ってるようで実はファンへのうらみ節だったと解説されたので、そういう曲作りするんだ~ってインプットされてました。その後、「あの日のように」を聴いて「わがまだったのはいつも僕の方」という詞と「風が違う」の「無理ばかり君を泣かせて愛だとうぬぼれていた」という天野さんの詞と共通項があったので、これも恋人とファンを重ね合わせてる歌詞じゃないかなと。
さてここで気になるのは、じゃあ「風が違う」と「あの日のように」はどっちが先に出来たのでしょう?二曲ともふきのとう解散前から元曲があったというライブ目撃証言を聞いてますが・・・・この部分の歌詞に関しては恐らく「風が違う」が先だと予想します。合ってます?(だからどうしたってもんですが ヾ(・_・;) オイオイ

○初恋
アンコール一曲目が「初恋」二曲目が「やさおも」
ふきのとうの代表曲を続けて丁寧に歌う細坪さん、ネーチャーで「白い冬は僕が守って行きます」と衒いなく語った言葉が脳裏に蘇って来ます。
「初恋」に思い入れがあるCさん、あんなに笑っていたのに今度は感激のあまり泣いてました。
握手会でCさんはその気持ちを素直に細坪様に伝えられたとか。良かったですねヽ(*^▽^*)ノ
そして池田中止に泣いたUさん。ここぞとばかりに初恋相手にすっぽかされた積もる恨みぶちまけ~(`□´)コラッなんだよ~あのラブっぷりは~?!うれしそうな細坪様・・・lω・`))ィ-ナァ…。
畜生、いつの日か私も握手したるぞ!!!!o(○`・д・´○)ノ ヵ゛ン'`゛ルゾ-!!!

○40年目のラブソング
40年間ラブソングを歌い続けて来たことに胸を張りたいと語る細坪様。戦争を知らない私達はこの時代に生まれ、細坪様の音楽にめぐり逢えた喜び。当時数あるアーティストの中でこの人の音楽に無二の感動を見い出せたことを誇らしく思えます。
細坪様にとって40周年記念コンサートは単なる通過点ではなく、音楽人生の集大成とも言える位置づけのようです。全国からたくさんの方に集まって欲しいとのことでした。
細坪さんにとって人生最高の思い出は武道館ライブだそうですが、武道館はさすがに周囲の賛同を得られなかったので、当時のミュージシャンの憧れの会場だった中野サンプラザで9月20日に決定したそうです。皆さん万難排して出かけましょう。人生は永遠ではないしいつ何が自分や家族の身に起こるかわからないから、多少無理しても行ける時に行こうと思います。

○生きている喜び
3,11から3年が経ちました。被災地まっただ中にいた私、夢を追うことをやめていた私が2011年の夏に北海道旅行したのは、ふきのとうの思い出を心のどこかに求めていたからでした。
そしてその年末の東北放送の震災特集で、一瞬流れたスリーハンサムズのコンサートCMに目を奪われました。今度こそ絶対行こうと決意しました。
震災の経験が価値観を変えたみたいです。平穏で健康な日々が続くわけでないから、今楽しめること、生きる喜びを実感できることを、自分のための時間を取り戻そうと思ったきっかけでした。同じように思った被災地の往年のフォークファンがたくさんスリハンのコンサートに出かけ、生存の喜びを体感したのだと思います。
天野さん逝去後7年待ったスリーハンサムズのデビューは、2011年の夏だったことを思うと天の配剤のような因果を感じずにはいられません。
かつてアイオンカサリン台風で被災した一関のことを語っていた天野さんのMCが、なんでか昨日のことのように鮮やかに思い出されます。

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Comment

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2014.03.16 17:23 | | # [edit]
fujitsubo says... ""胸を締め付ける余韻の??かすかな記憶から""
ご無沙汰しております。前回、ご丁寧に心温まるコメントを付けていただき本当に感激です。スリハン・遠くのソロライブに参加できない私は楽しみに読ませていただきました。
いつもありがとうございます。
「風が違う」と「あの日のように」どちらが先か、答えにはならないのですが外堀を埋める情報になれば幸いです。なんとどちらもふきのとう解散前のライブで演奏しています。
記憶ちがいでなければ1989年 5月に坪さんは川崎(クラブチッタというライブハウス)で2日連続でライブをしています。その初日はソロ。個人的に訳ありでよく覚えています(^^;)そのエンディングに近い方で「あの日のように」の原曲,on your side ver.とは少し違うと思うのですが1回聴いただけなので)その時に午前0時・女の子 そして録音していないコミカルな曲(バカボンのパパ から フロイトだのが出てくる!!)なども披露してくれました。2日目が天野さんとの最初で最後のジョイント。その時に演奏しています。このソロライブとジョイントのために作ったとすると1989年あたりのほぼこの頃に作られたのではないかという気がするのですが。そしてこの年の10月が少年たち夏」ふきのとう15周年記念5DAY厚生年金 アルバム「金色の森 銀色の風」をリリースました。答えにならない情報でごめんなさい
2014.03.17 21:47 | URL | #mQop/nM. [edit]
ふざけおに says... "Re: "胸を締め付ける余韻の??かすかな記憶から""
fujitsubo様コメントありがとうございます。

>スリハン・遠くのソロライブに参加できない私は楽しみに読ませていただきました。
いえいえ所詮出戻りですから後家の頑張りです。長い間、ずっとコンサートを見て来た方達には頭が下がります。
fujitsuboさんはすごいファン歴長い方のようで、恐れ多いです。
海風のマスターが言うには、会ったことあるらしいです。あら??すみません。どなただったか、ちょっと判別できませんでした。8月の姫風は私も参加しますので、会えますね。ひよっこですがよろしくお願いします。

> 「風が違う」と「あの日のように」
貴重な証言、ありがとうございます。どうでもいいようなことですが、マニアックな私には裏取れるとすごくうれしいんです。

> 個人的に訳ありでよく覚えています(^^;)
あら(^^)、そのわけが知りたいですね(微笑)
私は個人的思い出なんか何一つないのに、なんでか忘れてなかったんですよねえ・・・

>ふきのとう15周年記念5DAY厚生年金 アルバム「金色の森 銀色の風」をリリース
解散の話しが出始めた頃でしょうか。天野さんと、「もの憂げな10月」を歌ってたという話、聞いた事ありますが。。。。細坪さんその頃は、山木さん以外の人と組んでみたかったのかも知れませんね。

風が違うが「もうひとつの緑輝く日々」の先でないかと思う根拠を付け加えると
天野さんの83年の「マダ愛シテル」という曲の歌詞「君が尽くせば尽くす分だけ、我が儘になっていった僕さ」といういかにも天野さんっぽい歌詞と「我が儘だったのはいつも僕の方」が似てるからってのもあります。
天野さんがファンを恋人に見立てて歌詞を作られる(実際ファンと結婚されたんですけどねw)作風だったので、曲作りに関しては細坪さん、曲書かないと生きていけないという強い欲求があったというより、割と周囲の模倣から始まってる感じなので、なんとなくそんな感じしました。
どうでもいいようなことですね。
2014.03.18 19:19 | URL | #- [edit]

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