ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

今宵のCD「夜想曲Ⅱ」~子守唄~

Posted by ふざけおに on   2 comments   0 trackback

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今年デビュー40周年を迎えた細坪さんは、ふきのとう時代のご自身の人気曲をセルフカヴァーしたアルバム夜想曲を発表されました。
ピアニスト妹尾武さんとバイオリニスト都留ノリヒロさんのアレンジによる心の琴線を揺らすバラードは、昼の喧噪を忘れさせ、一人の夜にしっとりと酔わせてくれます。
今日は細坪基佳さんの62回目のお誕生日なので、お祝いにこのアルバムのカスタマイズレビューを書いてみたり(ちなみに私の一押しは「ふる里に帰ったら」ですが、この曲とジャケットに関してはレビュー書いているのでここではそれ以外のセルフカヴァー曲についてです。)

今夜はゆっくり夜想曲とワイングラスで、心地良い夜の闇に乾杯。
jyけ

セルフカヴァーアルバム夜想曲Ⅱは、唄う人(氏)と聴く人(自分)の歩んで来た人生、その歳月をいとおしく感じさせてくれる価値ある一枚です。


○青春の墓標~「風の轍」「高き空遠き夢」「静寂」
心を過ぎるのは、自分の居場所を見つけられない、何ひとつ確かなものを手に出来なかった思春期の頃。
「静寂」は、30代の頃自分の人生が終わったと絶望した瞬間、心を流れていた曲です。
苦い青春も人生の絶望も、微かなでもどこか甘美な痛みを伴って思い出され、その暗闇からはるか遠く今に至る自分(聴く者)の人生を感慨深く思うのでした。

○幻影から実存へ~「ばーじにあすりむ」「雨はやさしいオルゴール」
かつて少女への囁きのように優しく儚げに歌われていた2曲。このアルバムでは、あえて低音で重厚に歌われていて、幻想ではない現実に存在する氏の確立した自我とその円熟を感じる歌唱です。
この2曲はどちらかというと「唄う人」の重ねた歳月に思い及びます。同時に未成熟な「淡い恋心」にさえも人生を表す氏の歌唱力、ヴォーカルへの拘りに畏敬の念に包まれます。

○邂逅と訣別~「もう帰れない」「吹きすぎる風ばかり」
この2曲は、伸びやかに情熱的にかつ繊細に唄われ、若い頃聴いた時以上に、強い訴求力を持って迫ってくるものがありました。過去を回想してるというより、むしろ現在のリアルな心境、帰らぬ過去と訣別する切なさが流れた歳月の分増幅したように伝わって来て、細坪さんらしいダイナミックな素晴らしい歌唱です。

○輝く朝に~「セピア色のOldTimeSong」「白い帆を上げて」
アルバムタイトルは夜想曲ですが、この2曲は輝く朝、柔らかな陽光の下で聴くと味わいがある気がします。
「セピア色~」は、つい最近まで自分の母への反発からピンと来ない曲でしたが、自分自身が母として子供を旅立たせた今、違う景色が見えて参りました。旅人の木陰となれる自分でありたいと。まさに聴く者の月日が歌の表情を変えたのでしょう。
「白い帆を上げて」は、かつてふきのとうラブソング、あるいは青春の応援ソングに思えてましたが、今は何故か、唄う人と聴く人の関係に思えて来る不思議です。
「あの頃よりもずっと愛しているみたい」「燃え上がるときめき少しずつ冷めて確かなもの見つめてる」「僕には、私達には、今あなたがいる」
長い人生、細坪さんとファンが共に航海するこれからの日々に祝福あれ!

無題
この写真の中央、中野サンプラザ「望み」演奏中たった一人立っていたNさん、まるで白い帆のようです。私は勇気がなくて立てませんでしたが、Nさんはいつもしっかりした考えをお持ちで決して付和雷同することなく、温かく細坪さんを応援されております。
Nさんとツボ友さんであることが、なんだか誇らしい気持ちになりました。


○夜の安息~子守唄
私は細坪さんのファーストアルバム「木精」が生涯で最も好きなレコードですが、今年のネーチャーで「木精」と「子守唄」を連続で演奏され、言葉にならない程の感激に身を包まれました。
木精のB面3曲に深い思い入れがあるという話は以前したことがありますが、4曲目の「子守唄」はそれほどの思い入れがなかったのです。
それは何故か考えてみると、私は当時3曲までの自分の内面を見つめる悲しみを抱えた青年にシンクロしていて、癒やされたい側だったんだと思います。
あと細坪さんのラブソングは大概愛を捨てたい側で、届かぬ思いに苦しんでるというイメージが全然なくピンと来なかったのと、まあその頃は私も子供だったので、歌詞に出てくる男性の腕の中で違う男性を思って涙する不実な女ってのが嫌な感じがして、このシチュで私だったら細坪さん以外の人を思ったりしないわとかw(バカ)
その「子守唄」をこのアルバムで聴いた時何か違って聞こえました。何が違うのかその時はわからなかったのですが、先日久々にファーストアルバムの「木精」と「子守唄」を連続で聴いた時、理解しました。
今の私は癒されたいだけの自分ではなく、癒やす側に立ってるのだと。
若い頃は傷ついている自分しか見えてなくて、癒やされることばかりを求めていた青い時代でした。細坪さんの木精があったから苦い思春期を無事通過し、今や傷ついた青年を抱く精霊にもなれるし、誰かを思って涙する少女を抱く青年にもなれるこの境地までたどり着いたことに、今また気付かせてくれた細坪さんの音楽に、深い感謝の思いがこみ上げて参ります。
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「歌は年をとらない。唄う人、聴く人の重ねた月日が歌の表情を変えてゆくのだ。」
                                                                by~細坪基佳~


細坪様の62回目のお誕生日、心よりお祝い申しあげます。


以下おまけ
この「木精・子守唄」の気づきに感謝の思いを込めて、今日のアップ目指して思い立って唄ってみました。お暇な方、聴いてやって下さい。



にしても一体全体、他人に安らぎを与える睡眠導入の歌唱ってどうやったらできるものなのでしょう。
自分のストレス解消にカラオケで大声でガンガン唄うのは馴れてますが、他人を刺激しないように静かに唄ったことないので、本当に私には難しい。所詮素人のまねごとですのであしからず
細坪さんのようには絶対唄えないわ。唄ってみてわかる,、
なんて一語一語、一音一音に神経行き渡ったウルトラE級の高度なテクニック
子守唄での顕著な歌い方は「ララバイ」の「バ」入れて唄い「ハ・ハ・ハイ」と抜いて声帯を震わせるようなフランス語のRの発音みたいなの。聴いてみて下さい。
これが高じると佐藤宗幸さんみたいな唄い方になるんですけど、あそこまで露骨じゃないんだよね。それに佐藤宗幸さんは熱唱系ないから。
多分サイモンとガーファンクルみたいな囁くような唄い方の影響なんだと思いますが、でも細坪さんクリキンの田中さんみたいな伸びやかな絶唱系ロングトーン、どっちでも出来るのですごいと思います。
細坪さん自身、ライブで仰ってましたが、白い冬の「もう忘れた・あ・あ、あれ?ぽっと消えちゃった?とかなるんだよね」って。白い冬の歌い出し「ひぃとぉおおおりぃで おもほほほほ」とレコードの細坪さんみたいに抜いて唄ってる人、今だ私はお目にかかったことないです。普通歌い出しはリキ入りますもの。
なので子守唄、「僕の腕がすべ・え・え・えてぇのぉお~♪」とはなかなか歌えなくて、振れが小さいし・・・;たまたま上手く行ったと思うと、全神経が発声に向かってるので続く歌詞やメロディがおろそかになって崩れるという繰り返しに泣きましたorz
聴きなおしたら、「ララバイ」2回目のメロディ、アタシ違ってるし~orz
ついでに「木精」

木精は精霊側に立ってるので女性っぽく裏声で(枯れてますが)、子守唄は青年なので地声で太く歌ってるつもり。
あららさすが恥知らずの私、「恥じらいながら~♪」が恥じらってないし~リキ入り過ぎじゃん(泣)

去年「風の轍」をカヴァーした時、来年は「木精」、4拍子から3拍子の転換とを幻想的コーラス入れて歌えるようになりたいって思ってました。
でもいざ思い立ってやってみたら重ね録りのコツがわからなくて、銭湯で歌ってる状態。せっかく電子ピアノでギターの音色出してもらったのが、お琴の音色になってるし・・・・ 音割れも相変わらず。やっぱりボーカルマイクでないからかなあ。。。
それでも歌ってわかる味わい、細坪さんの歌唱力のすごさに気付くので、時々これからも歌ってみようと思います。
いや、もちろんおっかけがメインですけど(←懲りない奴)

来年はいよいよ「ゆうすげ」に挑戦・・・さすがに無理かな^^;。
まずはMumin Clubの「ゆうすげ」カヴァーに期待しちゃいます
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