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趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

映画「殿、利息でござる!」★★★★

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

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美しい七つ森の遠景。江戸時代後期、荒廃する郷土の再興のため、貧しさにあえぐ民のため、時世を読み、滅私で奔走した名も無き偉人の遺影のようでした。
「利他的生き方」というテーマ性もさることながら、エンタメ性の高い面白い映画でした。是非皆さん、見て下さいね。

ちなみに原作「無私の日本人」の元になった「国恩記」は、江戸時代後期、吉岡宿救済事業の顛末を龍泉院栄州瑞芝(えいしゅうずいし)が、偉業を後世に伝えるため書き記したものです。
記録の内容は町の篤志家達が一千両という義捐金を工面し藩庫に納め、下された利息を貧民救済に当てたという史実で、舅が浅野屋甚内親子の子孫にあたるとかで、九品寺に国恩記の記念碑が建った時、記念誌に寄稿したので、資料読んで知ってました。
特にそれを口外禁止されてなかったし、私は血縁関係ない俗物なので(^^;
2011年大震災の夏に、私もこのノーブレスオーブリッジュとも言える理念を復興の一助として紹介したいと思い、一度素人ながらシナリオに挑戦したことがあったので、 映画にとても興味ありました。
なので、元ネタの「国恩記」を読んでいるので、知らない人とはちょっと違う視点の感想です。わかる人にしかわからない感想ですあしからず。
参考までにあらすじです。↓
あらすじ

○時代劇として
「武士の家計簿」以来、歴史の表舞台で活躍する武士の理念やら勧善懲悪チャンバラではない、生活感ある時代劇が人気あるのでしょうか。
よく徳川300年江戸時代の我が国は良かったと、江戸の町ドラマを見てそう思う人多いのでしょうが、当時の富裕層はごく少数で、江戸の繁栄の裏で地方の人間は貧しい暮らしを強いられてたわけです。お茶どころか米も口に出来ず過酷な労働に追われ、ひとたび飢饉が来れば餓死者続出した水呑百諸が圧倒的大多数だったんですね。
陰惨な話が多い「遠野物語」や宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」も、東北の貧困が背景にあるんです。(賢治の父も熱心な浄土宗信者で慈悲深い人だったんです。)
そこまでの深刻さはなかったですが、時代の違う切り口を描いてたことは好感持てますし、もしその時代に自分が生まれていたらと、考えると自分により近いドラマだったと思います。
一方余りドラマ化されない当時の農村の社会構造を単純に見せること、「伝馬役」がどういうものかとか、官職「肝いり」「大肝いり」とかそういう用語が、どの程度見る側に理解されたのか、なかなか難しいところだなって思いました。

○史実とフィクション
功利主義が当たり前の現代にあって、リアリティを感じさせないほど善良な人間達のドラマにどうエンタメ性を持たすのか、元になった「国恩記」を素人ながら一度シナリオにしようと考えたことがあるので、とても興味ありました。
予告の感じでは、「お上を手玉にとって」みたいな、「スティング」みたいな痛快詐欺ドラマみたいな感じだったので、ちょっと不安もありました。というのは、実際国恩記を読んでるとわかるのですが、彼らがお金を工面する以上に最も苦心してたのは、お上を利用しての金儲けや栄誉でない、貧民救済の志以外になんの他意もないことを確認しあうことだったんですよね。彼らはこの封建社会にあって不敬を疑われるようなことは絶対できなかったわけで。
でもこの映像では、誰か一人でも「功利」を目的した場合この嘆願が破綻してしまうという構図をちゃんと見せて、それぞれが何の見返りも期待しない、栄誉もいらないという善意だけという誓いを立てなければならなかった背景を描いていて、案外それが描かれてない史実としてあったかもしれないと思えました。
映像作品としてフィクションはあって然るべきで、十三郎が浅野屋の実子で、穀田屋に養子に出されていた兄弟の確執は史実ではないと思いますが、主人公の葛藤に感情移入しやすいストーリーになっていたと思います。
国恩記ではみんな非のうちどころない篤志家なのですが、本映画では陽明学を家訓とした浅野屋一族以外は、それぞれにエゴのある親しみやすいユーモラスな人物になってて、
さすがプロは上手いなって感心しました。
実は国恩記で唯一、俗物として登場するのは、石巻の銭工場の三浦屋です。彼は幕府の命を受け鋳銭事業を興す際、事情も知らず彼らから450両借りたのです。彼らはそれを恩に着せ借金催促の折り、550両捻出しろと半ば脅迫されたような感じでした。
だから実際に彼らが家財全て質に入れてやっと用意出来たのは450両で、残り550両は三浦屋に用立てさせたんですね~。
本映画では、十三郎の息子が奉公に出て資金協力した際の奉公先として登場し、恐らく吉岡の人ではなかったので国恩に当たらない扱いの三浦屋を、この映画では少し名誉回復してた気がします。

○役としては
一番光ってたのは、出入り司の萱場でしたね、これだけ良い人ばかりの中なので、嫌な人物が際立ってました。演技が良かったです。
一方、中途半端だったのは大肝いりの千坂。肝いりの俳優さんが演技派だった分、キャラ被らないように考えたんでしょうけど・・・・
なんと言って一番話題を掠っていくのは、伊達藩主の羽生ゆづクンでしょうけどね。

○国恩記にないシーンあるシーン
冒頭の馬を奪われるシーンは伝場役が衰退しているという印象づけに上手いなって思いました。
一方映像として華やかになりそうな「国恩記」のラストシーンを軽く後日段に流してしまったのも、作り手の拘りを感じました。
実は、最後は藩から表彰された帰路、町衆に知られて大げさに出迎えなどされないように深夜こっそり帰ったのに、何故か町衆に漏れてしまい手に手に提灯を掲げ街道で彼らを出迎えたのです。その歓迎は意図しないものなので戸惑う彼らの目にも、その灯りが地上の星のように見えたというラストシーンをあえて映像化しなかったんですね。
これは、私が卒論で書いた宮沢賢治のペンネンネンネネムの伝記からグスコーブドリの伝記に改稿した理由(多分世界で一番先に注目した改稿部分だと自負してますが、ネネムは最後死んで英雄になるのにブドリはひっそりと終わります。)、誰にも知られずとも行ってこそ「善行」であるという描き手の意図でしょうね。

○甚内のDNA
にしても浅野屋甚内親子がこんなに崇高な人物として描かれてるとは・・・・@@;
お寺に最近行ってないし、墓の修繕代払ってないし・・・まずいなあ~(汗)。今度、行きますね(^^; 九品寺の住職、去年他界されたのでこの映画観てないんですね(涙)。
舅の話では本当ならばの話ですが・・・、主人は浅野屋の子孫になるなら(名乗りでてはいけないようだがw)。とてもうれしいです。
この映画で、この立派な心がけの夫で良かったと篤平治の妻が言ってましたが、姑も私も主人の弟の奥様もそういう感覚は持ってますね。野心はなく目立つことしないですが、清貧で公正で温和な人物ですね。功利や名誉を求めないし、質素で倹約家で娯楽を求めないストイックで善良な人です。俗物の私とは正反対ですね。

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