FC2ブログ

ログハウス

趣味の画像と家族日記。 主に児童向けの映画、書籍、TVの感想や家族の話題を徒然に綴ってます。

宝塚ミュージックゴシック「ポーの一族」感想

Posted by ふざけおに on   0 comments   0 trackback

宝塚歌劇「ポーの一族」、原作者の萩尾望都さんが絶賛してるというので、この機会に宝塚見たい見たいと思い、苦労してチケット手に入れて憧れの東京宝塚劇場です。
10968004_2279986373_244large.jpg
10968004_2279986380_90large.jpg

ここで、生オーケストラの演奏を聞きながら、上質の本格お芝居を見られるって本当に贅沢。
観劇になれてないので、最初こそお決まりのド派手な演出に戸惑いますが、どんどんファンタジーの世界に引き込まれて、登場人物に感情移入して現実をすっかり離れていました。
人物を翻弄する運命の残酷さに怒り悲しみ、異形の者として生き続ける苦しみを自分のことのように感じ、愛のためにしか人は生きられないというラストに感動。
独特のケレン味が、喜怒哀楽、感情の多い私は平凡な日常生活で持て余し気味な感情をたくさん吐き出すことができました。
お決まりの大フィナーレ、大きな羽飾りで花道を降りてくるトップスターはある種の記号で、ああ良い歌劇を見たなあって大きなカタルシスを得て心すっきり、平凡な日常へと戻れます。

千秋楽、映画館で見られるんですね。見に行こうかな。ってチケット取れるかしら?
10968004_2279986375_220large.jpg
10968004_2279826828_225large.jpg


〇耽美な世界
すごい!!この作品をよく舞台化したなって。脚本もすごいけど、ビジュアルも文句なしです。
アランは漫画以上にイメージ通り。あの時代のキャラデザインが古かったせいでしょうね。
こういう耽美系少女漫画の少年を舞台化できるなら、「風と木の詩」とか。耽美系でないけど「はみだしっこ」とか。舞台で見たいわ~。
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」はすでに舞台化されるのかなあ。
「999」もいいよね~。好きな作品が舞台化されたら、また出かけようと思います。

〇愛はエゴ
不遇な環境に置かれた主人公が、妹、弟をなんとか守ろうとするという話は、割と児童向け作品の定番です。(最近見たアニメ、反逆のルルーシュもそうだよね)
まだ子どもである主人公が、より年少の守るべきもののためにけなげに生きる主人公という設定がいいんだよね。
不老不死は人間の夢なのだけれど・・・それは人間を喪失することと背中合わせ。

人は孤独には耐えられず、愛する対象を常に求めてしまう。それしか不老不死を生きる意味がないから。
愛のため守るべきもののために人ならざるものになったエドガー。実はエドガーは愛のためにしか生きる理由を見つけられないなんだよね。だから妹消滅後、、アランを永遠の共生者(共犯者)に選ぶわけだけど、守るべきものがなくなった時・・・・
彼は、自分のためだけに生きるという選択ができれば、100年ごとに愛する人を見送ることも可能なのかなあ・・・・「おら、おらで、ひとりいぐも」的に・・・とか、この不条理が作品の余韻です。

○脚本
原作読んだ頃は小学生で、世界史に詳しくなかったのですが、時代背景が見えてくると、ポーの一族は本当に深いな、傑作だなって思います。その原作イメージ通りに舞台化されてて、脚本家の方も偉大ですね。
時系列を変えて、見せ場を作ってるのが素晴らしい。結びが1964年、現代のアメリカに登場した二人が心憎いです。生きてたんだね~;;って。
舞台オリジナルで良くも悪くも印象深いのは、霊媒師の存在です。
この役者さんの憑依演技も少女声での歌唱も素晴らしい見せ場になってました。
ただ、医師にあとから銀の弾丸ピストルを渡すシーンが唐突で、憑依シーンの時に絡めても良かったかな。。。。、
霊媒師と同時にもう一つ直感的に違和感あったのは、果たしてバンパネラは肉体消滅後、霊魂として存在するのかということです。
人間は、肉体が仮初で魂は永遠なので、霊媒師が呼べるのはわかるんだけど。。。
悪魔は魂がなく消滅するから、キリスト者は悪魔になりたくないんだけど、霊魂になっても永遠に生きられるなら、恐れる理由もない・・・
霊媒師による大老の忠告が必要だったのかどうか・・・・
もしバンパネラも霊魂として生きられたとしても、人間の霊媒師には呼び出せないところにいるんじゃないかとか、
オタクは設定にこだわるのだった(笑)

○「何故生きているのか」
この問いは痛いほど胸に刺さります。若い頃、ずっと私の中にあった問いでした。
エドガーは答えは自分でもわからないと言います。
答えは「死ねないから。」じゃないのかな。
しようと思えば自死できるにも関わらず、自死を選ばす、その状態を続けることを選択してるんだよね。彼が永遠を生き続けるのは、愛する人のために死ねないから、なんだよね。そのうち死ねないから、愛する人を見つける、という目的と手段が入れ変わってしまうんだけど・・・・。

〇少女漫画
私にとって、少女漫画は、成長=性徴へのレジスタンスだった気がします。
産む性をすんなり受容できなかったし、野蛮な異性への嫌悪感があって、成長しない少年に自分を投影したかったのだと思います。
当時は純粋ゆえに感じた大人の汚さ。
自分が薄汚れた大人になり親になってみて、その感覚が懐かしく、汚れない純粋なあの時代を留め絵にしたような音楽や漫画に価値があると思えます。

〇エドガー・アラン・ポー
江戸川乱歩は知ってたけど、ポーの一族も同じネタだったって今更気づいた私。遅すぎるってw久々に萩尾さんの漫画読み返そうと思います。

〇お芝居大好き!
漫画「ベルサイユのばら」が好きで、岩手県民会館で花組公演を見たのが小学校5年生だったでしょうか。すっかりはまって、今もレコード実家にあります。6年生の時、雪組公演を遠野に一人で見に行ったところ、母親にばれてどえらい叱られて・・・
もともと学芸会でも劇が好きでシェイクスピアの脚本原作のままほぼ読んでたし、文化祭で脚本書いたりしてました。でも学校の演劇鑑賞会くらいでしか本物をなかなか見る機会もなく・・・、大人になったらお芝居見に行けるようになるのかなあって思ったものです。
世の中バブリーな頃、娘が京大病院に入院してて、京都駅の京都劇場の看板がまぶしかったです。劇団四季の公演が毎日あって見たいものだと思いつつ、チケット代にびっくり。これを鑑賞できる身分には到底なれそうもない気がしてました。
子育て一段落して、若いころやりたかったこと、やり残したこと、少しずつ楽しめるようになってきたから、ここまで頑張って生きて来てよかったって思えます。

関連記事
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://fuzakeoni.blog3.fc2.com/tb.php/975-ee198baf